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    DVの中の落とし穴の一つ

    • 2009.08.25 Tuesday
    • 13:58

    彼といて、少し違ってきたかな?と、気付いたことがあります
    彼が、「怖いものは怖い」と言うようになってきたことです
    例えば、雷
    彼が、雷を怖いと思っているなあ・・・ということは、新婚時代から気付いていました。
    私も怖いです。
    怖いのですが、稲光を見るのは好きだったりします。
    彼は、稲光も雷光も、とても苦手です。
    怖いものは怖くていいと思います
    しかし、今までの彼は、そのことを恥じて隠そうとしていました
    私は、彼が隠したがっているのだから、気付かないフリをした方がいいのだろうなあ・・・と思っていました。
    男性は、弱い面を相手に知られることをとても嫌がり、恥ずかしがると、思っていたからです。
    私の身内の男性陣も、そういうところがありました。
    「もしかして、コレ嫌い?苦手?」
    と聞くと、
    「嫌い、苦手」
    とは、答えます。しかし、
    「コレ、怖い?」
    と聞くと、
    「バカ言えッ!!怖いことがあるかッ!!」
    と、一喝されたものです
    男性は怖いものがあってはいけないと、あっても自他共に認めてはいけないという法律でもあるのかなあ?と、思っていました
    ですから、彼が素直に怖いという表現をしなくても、まあ・・・そういうものなんだなあ・・・と、思っていました。
    結婚前、一度だけ、彼が天上画の巨大龍を見て、
    「怖い」
    と呟いた時、私がすごく新鮮で愛らしいなあ・・・と感じたのは、男性で発言したのを聞いたのが初めてだったからでしょう
    それくらい、私の周囲には素直に怖がる男性がいなかったということになります。もしくは、本当に怖いものが少ないのか?謎であります
     
    結婚してからの彼が、私の身内の男性陣と違っていたのは、「怖い」以外も隠す面があったことでした。
    彼が「苦手」なもの、彼が「嫌い」なもの、彼が「不安」なもの、彼が「不快」なもの、彼が「惨めに感じる」もの、彼が「悲しくなる」もの。とにかく、彼が「負」の感情を抱くものを・・・彼は、隠したがりました。
    彼は、彼自身には弱点がないように見せたかったのです

    私が彼の気持ちに気付いて何か言おうとすると、
    彼は、言いました。
    「ソレ、ちょっと苦手なんだよね」
    「ソレ、あまり得意じゃないんだ」
    「ソレ、好きじゃない・・・かな
    しかし、じゃあ、やめようか?と私が言うと、
    「いや、それ程じゃないから
    「ううん、大丈夫。大したことないから
    「平気だよ、好きじゃないってだけで、嫌いなわけじゃないから
    と、返ってくるのです。
    ああ、そうなんだ・・・と、実行しようものなら・・・それからが大変です
    彼は、見る見る不機嫌モードになり、口数が極端に少なくなります
    瞬きを沢山繰り返した後、今度は目が据わってきます
    口が半開きになり、石のように微動だにしなくなります
    俺は口を聞かないし、ここから動かないぞ・・・と、態度で不快オーラをバンバン放出してきます
    私は、そこで学習するのです。
    そうか、本当は、コレそんなに嫌なんだな。
    次からは気をつけよう・・・と、ションボリします
    さっき聞いた時、彼の言葉を鵜呑みにせずに、彼の気持ちを察してあげれば良かったな・・・私がまた至らなかったな・・・と、自分を責めて落ち込むのです
    本当は、おかしいですよね。
    嫌なら、嫌!と伝えれば済むことなのです。
    苦手なら、苦手!と伝えればいいことなのです。
    しかし、私もそのことに気付かないまま、そのまま通していってしまいます
    彼は、ナイーブなんだから理解してあげないと、とか。
    彼は、男性でプライドが高いんだから、彼のプライドをきちんと尊重してあげないと、とか。
    私は妻で女性なんだから、彼の気持ちを察してあげないと、とか。
    そう信じ込み、そのままいってしまうのです
    それでも、違和感を感じて、周囲に相談を兼ねて話をしてみれば・・・。
    「妻としてもう分かっているんだから、最初から、旦那さんの嫌なものを遠ざけてあげればいいじゃない。返事を聞くなんて、嫌味なことしなくて。コレ嫌いなんだな?って、雰囲気で分かるんでしょ?何でそこで、そっと引いてあげられないかなあ。思いやり不足!」
    と、叱られ
    「その話の何処が問題?旦那さんの何処が不満?本当のことを言わずに押し黙るところ?それは確かにうざいけど、無視すればいい。そのうち話したくなれば、話すでしょ?ワケ分からないのは、そんなことが何で問題になるのかっていう、あなたの方。気にし過ぎ!」
    と、指摘され
    一番言われたことは、
    「とにかく、感謝です。夫がいて、子供がいて、それ以上何を望むかなあ。満たされているって、日々感謝して生きていれば、不満があるはずがない。家族がそばに在るだけで、幸せじゃない?今日この一日、家族の笑顔が見られて良かった・・・って、眠りにつくことある?ないでしょう?家族が共に在るだけで幸せと思うことです。まずは、あなたが感謝すること!」
    でした
    これは、DVが明らかになった現在でも、言われることがあります
    彼には、感謝していました。今も、している部分多くあります。
    望むことは、違和感のないコミュニケーションだけだったのですが、それがとてつもなく、難しく・・・周囲には贅沢なことと言われた気がしました。
    雰囲気で感じ取り、彼が不快に感じることを遠ざける努力を続けているうちに、私はどんどん苦しくなり辛く感じることが増えました。
    一生懸命、彼を思いやり頑張ってきたのですが、まだ足りないんだ・・・と、悲しくなりました。
    私は、不機嫌モードの彼に無視されて、いつも悲しくなりました。
    何故そうされるのか分からなくて、大きな不安も感じました。
    自分がされて嫌なことを・・・彼にすることは、できませんでした。
    ”無視すればいい”と言われましたが、私にはできませんでした。
    彼をそこまで傷つけたのならば、余計に何とかしなくちゃと思いました。
    でも、本当は、いつも望んでいました。
    彼が、私を無視する前に、気持ちを話してくれればいいのに・・・と。
    毎日、感謝する気持ちは忘れてはいけないと思っていました。
    共に在るだけで十分なはずなのに・・・どうして、私は悲しい気持ちになるのだろう?と、いつも思っていました
    今日一日、何とか無事に終わった・・・とか。
    今日一日、生きて眠りにつくことができる・・・とか。
    どうして思わなくてはならないのだろう?と、ぼんやり考えていました
    明日がまた来ちゃうのかあ・・・もう、来なくてもいいのになあ・・・と、思った時もありました。
    その度に、ああ、私は求め過ぎているのか、とか。
    現状に満足していないから、こんなことを思うんだ、とか。
    自分を責めて、叱咤激励していました
     
    でも、今なら、分かるのです。
    満たされるわけがないのです。
    私の力を・・・彼に注ぐだけ注いでしまっていたのですから。
    カラカラに、心が砂漠化してきていたのです
    DVを知らない方々は、分からないのです。
    悲しいことですが、どうしても分からないのです。
    「無視」という行為が、暴力であることを
    暴力は、理不尽です。
    振るいたい者が振るうだけなので、やられる方は意味が分かりません。
    暴力を振るう方も、意味を込めてやっているのか怪しいところがあります。
    ただ、そうしたかったから、そうした
    暴力を振るわれても、健全な魂を持っている方は、相手を尊重したコミュニケーションを取ろうとします。
    しかし、暴力を振るう者は、相手のそのような心遣いには一切敬意を表しません。
    当然と思います。
    「お前は、俺より下なのだから、俺を尊重し敬うのは当然だ
    ただ、それだけです。
    感謝はありません。
    感謝しても、感謝されない関係。
    尊重しても、尊重されない関係。
    しかし、周囲の理解は得られにくいのです。
    「大袈裟に捕らえているだけだよ」
    「ただ、やり返せばいいだけでしょ?」
    そこで、また深く悩みます。
    優しい彼が、わざと無視する何て、そんなひどいことするはずがない。
    そう、思い始めます。自分の疑問に蓋をしてしまうのです。
    否認行為です
    周囲の言う通り、不機嫌になって無視されたくらい、どうってことないことかも知れない。
    そうも、思います。自分の感じる悲しみを小さいものと思い込もうとします。
    感情鈍磨です
    すると、悲しみや怒りだけでなく、喜びや楽しさも感じることが難しくなります。
    笑顔が段々遠ざかっていくような日々になっていってしまうのです。
     
    ですから、彼が苦手なもの、怖いものを・・・素直に表現できるようになったことは、良いことだと思います。
    彼自身に、とてもいいことだと思います。
    生きることが、楽になると思います。
    飾らなくていい、カッコつけなくていい部分が、出てくるわけですから
    それでも、彼は理想の自分への未練は捨てがたいそうです
    理想の妻への未練もあるそうです
    ・・・いいって、それは・・・
    夏の甲子園をチラッと、見て、思いました
    お願い、彼の理想像も、その白球もろとも打っちゃってーーーッ!!
    場外へ飛ばしてーーーっ!!
    マジ、頼みたかったです










    DV被害の落とし穴のひとつ パート2

    • 2009.08.26 Wednesday
    • 23:29

    あまりの秋晴れに感化され、HPの模様を空にしてしまいました
    そして、少し整理しようと色々やっていたら、写真などの一部の映像が写らなくなりました
    見苦しいことになり申し訳ありません

    誰しも、大きな悩みを抱えていたり、身体的な病を抱えていたりすると、悩んでいるのは自分だけなのか、苦しんでいるのは自分だけなのか・・・と、大きく落ち込み、苦しむ時期があると思います
    私は、まだDVと気付く前、鬱病と診断されている時期、苦悩することがありました。
    それは、
    「どうして、私はこんな風になってしまったんだろう。私の何がいけなかったんだろう」
    と、自分を責めるものばかりでした
    DVと教えて頂き、色々ともがき始めてから、感じるようになった苦悩は、とてつもなく孤立感が深いものでした
    その孤立感は、ふと、日常生活の中に顔を出すのです
    楽しそうに笑うご家族を見た瞬間。
    出勤に急ぐスーツ姿の方とすれ違った瞬間。
    ランチや買い物に張り切って向かう、ご婦人方に追い越された瞬間。
    行き交う自動車、トラックを眺めている瞬間。
    私の周りでは、何事もなく日常が過ぎている。
    そのことに、とてつもなく孤独と不安を感じるのです
    ああ・・・私だけ、置いてきぼりだ・・・と、絶望感がこみ上げてきてしまうのです
    ニュースでDVの事件が報道されたとしても、キャスターの方が、
    「また、被害が出てしまいました。この手の犯罪を防ぐ手立てはまだ難しいようですね」
    と、コメントして終わってしまう瞬間
    私が、全身全霊で悩んでいるDVも、世間一般では、一言で済んでしまうくらいのものなんだ・・・と、泣くよりも、笑いがこみ上げてしまうのです
    「DVで悩んでいるのは、私だけなんだろうな・・・」
    「選択できずに、停滞してぼんやり生きるしかないの何て、私だけなんだろうな・・・」
    「彼が怖いのに、どうしようもないなんて、私はどうなってしまったんだろう。こんな情けないのは、私くらいだろうな・・・」
    「やまない雨なんて、嘘だ・・・。出口のないトンネル何て、嘘だ・・・。こんな深い穴倉もあるじゃないか・・・。きっと、ここに堕ちるのは、私しかいないから、誰も嘘って言わないんだ・・・」
    そういう時、本当に一人ぼっちです
    どんなに周囲が優しくしてくれても、DV被害については「共感」は難しいのです。
    こればかりは、経験した者でないと分からない部分があります。
    伝えても伝えても、相手の困惑した表情や・・・憐れむ表情に、段々と口を閉ざすことが多くなります。
    口を閉ざすようになると、
    「もう、そんなに問題じゃなくなったのかな」
    と、安心する周囲の方もみえます。
    しかし、問題は問題のまま、私の心身を巣食い、孤立感を深めていくのです
    孤立感を感じることは、当たり前の心の動きだと思います。
    変わることなく心配して下さる方々の気持ちが、見えなくなる時があるのです。
    「もう、DVのことは話題にしたくないんだ。彼の話に関心がないんだ」
    と、思ってしまうのです。
    本当は、とても心配をしているし、思いやってくれているのだけれども。
    そのことが分からなくなってしまうのです。
    それだけ、DVの影響は根強く、心を蝕んでいるのです
    孤独に追い詰め、自信を失くし、信頼から遠ざけるのです
     
    感じている孤独は、DVの影響によるものです
    本当は、孤独ではないのです。
    心配して下さる方は、ちゃんとみえます。
    望めば、支えて下さる方は、ちゃんとみえます。
    今日無事に終わることができた・・・と、ホッとしている方は、この星に沢山みえるのです

    そのことに気付くまでが、本当に辛いんですよね
    そして、DV行為を受けると、せっかく気付いて掴んだものが、いとも容易く粉々に打ち砕かれてしまう・・・
     
    本当に孤独なのは、DV行為をする人です
    孤独の寂しさを・・・暴力でしか埋められないと思っている何て、悲しいです
    他のいっぱい楽しいもので埋めればいいのに。
    私は、最近は、ドラマ救命病棟24時の進藤先生に、思い切り癒してもらっております
    主題歌もいいですよね
    歌詞にあるように、暗く先の見えないトンネルでも、先を歩いて行くしかないのです
    その先へ・・・
    ハッ!!
    後ろを付いて来ないように、彼に言わねばなりません
    自分のトンネルを自分で歩いてッてッ







    DV被害の落とし穴のひとつ パート3

    • 2009.08.27 Thursday
    • 14:35

    今日は、DV被害に遭い、初めて経験した「感情鈍磨」について書きたいと思います
    感情鈍磨とは、感情の感覚が鈍くなることです
    自分の感情を表現することができなくなっていく・・・ということは、泣きたくても泣けない、笑い方を忘れてしまう、危険が迫っていると頭では理解していても遠くに感じられてしまい、逃げることができないなどの危機を招きます
    私が陥ったのは、DVと気付いてすぐのことでした。
    電話相談の方から、DVが起きていると教えて頂き、DVのことを知り、これからどうしよう・・・と思っていた時期です。
    周囲にも、DVであることをオープンにしました。
    DVへの理解を広める意味と同時に、私の身に起きていることを知ってもらい、これから何か起きた時のために、子供だけでも安全に保護してもらいたいと思ったからです
    しかし、理解を示して下さった方は・・・ごく少数でした。
    理解の倍・・・いいえ、三倍くらい言われた言葉は、
    「何処が、DV?殴られてもいないくせに」
    「そんなことがDVになるなんて、いい時代だね」
    「よく分からない。共依存の間違いじゃないの?」
    でした
    特に、辛かった言葉は、
    「ほら、すぐに泣くッ!だから、DVじゃなくて、お前が弱いだけだって言っているんだ。DVだろうとお互い様だ!」
    という、叱咤でした
    私は、男性の大きな声に反応してしまいます
    彼と暮らしているうちに・・・いつの間にかそうなってしまいました。
    男性の大きな声を聞くと、泣きたくないのに涙が止まらなくなるのです
    相手にしてみれば、怒鳴ったりしているつもりもなく、ただ興奮して声が大きくなっただけなのですから、イライラしてきてしまうのでしょう。
    特に、父親は地声も大きいので、
    「すぐに泣く!そうやって泣くけどな、泣いても解決にならないだろうが」
    と、よく指摘されました
    「泣くな。泣いている暇あったら、シャンとして平気な面して、旦那を出迎えろ!いい加減強くなれ!」
    涙を流すことは、そんなに悪いことなのか・・・と思いました
    「俺も女房に泣かれると、正直、オイそれは反則だぞ・・・って、思う。泣くことは、ずるいよ」
    別の日に、やはり地声の大きい兄弟に反応してしまったら、そう言われました。その兄弟は、すぐそばにいた夫に、
    「ねえ?そうでしょう?」
    と、聞きました。彼は優しく苦笑しながら、
    「奥さんに泣かれると、正直、辛いよね・・・。」
    と、言いました。男同士、ウンウンと楽しげに頷きあい、話が弾んでいましたが
    私はその日から、涙が出なくなりました
    悲しい思いをしても、辛い思いをしても、目が凍りついたように見開いてしまい、涙が一粒もこぼれなくなってしまったのです
    こんなことは、初めてでした。
    誰に大声を出されようが、誰に何を言われようが、震えることはあっても、涙は出なくなりました
    大好きで感動の涙を流していたはずのドラマや映画を見ても。
    ウルウルすることが定番の小説や漫画を見ても。
    一切涙は出ませんでした
    彼が、
    「最近、泣かなくなったね?」
    と聞いた時も、私は凍りついた眼差しのまま、
    「うん。泣けなくなったの
    と、答えました
    「え?泣かないんじゃないの・・・?」
    彼が、不思議そうに尋ねました。私は、首を横に振りました
    「・・・泣かないんじゃ、ない・・・!・・・泣けない・・・のッ!!」
    私は、声を絞り出し、泣きながら言いました。でも、涙は出ないのです。嗚咽は喉からもれてくるのに、目元からは何も出てきませんでした
    その様子が、半月も続いたでしょうか。
    その頃になると、すべてがぼんやりとしていて、感覚がおかしくなってきていました。
    さすがの彼も心配するくらい、私の様子はおかしい状態だったようです。
    ボーッとしてフラフラ歩き、うつろな目で、薄く笑っているような幽霊みたいだったそうです
    心療内科で、主治医が、
    「最近は、どうですか?」
    と、聞いた時。私は、ものすごく遠いところで質問されている感覚でした
    「・・・ええっと、泣けなくなりました」
    ボソッと、呟きました。
    「え?それは、またどうして?」
    主治医は、身を乗り出して聞きました。
    「・・・泣くなって、言われたら、泣けなくなりました・・・」
    私は、ぼんやりしながら答えました
    「それは、そんなこと言う方がおかしい。泣く権利をあなたから取り上げる何て、そんな傲慢で横暴なことは許されるわけがない。
    泣きたければ、泣いていいんです。大いに泣いて下さい。あなたは、泣いて強くなるタイプなんですから、泣かなければもったいないですよ。主治医としても、泣くことを勧めます」
    いつも淡々とした主治医にしては珍しく、とても力強い優しい声でした
    ジワッ・・・と、目元に温かいものがこみ上げてきました。
    カラカラに乾ききった目元に、沁みこむような潤いが湧いてきました。
    涙、でした。
    「そう、泣いていいんです」
    主治医が、もう一度言われた時。
    私は、ワンワン泣いていました。涙が溢れて溢れて、止まりませんでした
    私の涙を止めてしまった感情鈍磨は、この時、ようやく解かれることができたのです。
     
    今でも、あの時期に言われたことは、思い出すだけで辛いです
    目元の乾いたヒリつきと共に、思い出してしまいます
    レジリエンス中島幸子さんの講座で、「ポイ捨てワーク」をやりました
    一枚の紙を用意します
    紙の半分に、言われて辛かったことを書き出します(書きながら涙目になった言葉もありました)
    で、もう半分に、発言した人に対して、そんなことを言う権利あるかな?と考えてみて、書き出します
    私の場合は、
    「お前の言い方は何だ!」(夫)→「いや、あなたのDV行為を問題にすべきでしょう。あなたに私を罵る権利はありません」
    とか
    「すぐに泣くな!いい加減強くなれ!」(父親)→「泣いていいと、主治医からお墨付きを頂きました。弱いから泣くんじゃないんです。病気だから仕方ないでしょう。病を理解し、思いやることができないのなら、せめて怒鳴ることはやめて下さい。責める権利はありません」
    とか
    「共依存、DVはお互い様」(身内含めその他色々)→「DV加害者により作り出された共依存であり、言及されるべきは、加害者です。DVがお互い様なわけがありません。DVをよく知らないのに、決め付けてアレコレ言う権利はありません」
    とか
    で、書いた紙を、ビリビリ・・・と、破るのです
    そして、ゴミ箱へポイッです
    これが、とても良かったです
    夫はともかく、父や周囲の方々が良かれと思い、心配して発言してくれていることは十分承知しています
    しかし、傷ついたことも事実です
    ですから、傷を癒すためのワークなのです
    何処が良いのか、是非試してみて下さい。
    自分を責めるだけのサイクルから、抜け出すきっかけを得られるかも知れません。
    必ず、破って下さいね
    「紙を破る」という行為が、とても重要らしいですから
     
    しかし・・・ポイ捨てワークしたのに、今、思い出しても、ムカつきますね
    「お前の言い方は何だ!」って。
    そっくりそのままプレゼントフォーユーですね
    旦那に飛んで行けーーーーッ
    失礼致しました

    DV被害の落とし穴 パート4

    • 2009.08.29 Saturday
    • 12:13

    私自身がDV被害に遭い、一番手こずっていることは「自分を大切にできない・思えない」ということです
    一応、何とかそうしようとは気付き努力はしているのですが、まだまだ根底部分では自己肯定感が希薄だなあ・・・と、感じます
    今日書くことは、「自分自身に投資できない」です。
    振り返ってみて、独身時代。
    私の好きなものは、いっぱいありました。
    あらゆるジャンルの本、漫画、音楽、映画、ドラマ、アニメ、絵画、旅行、演劇、ミュージカル、オペラ、狂言、綺麗な風景、赤ちゃん、子供、凛とした美しい人、大好きな俳優さん、尊敬するご年配の方、お菓子作り、おかず作り、掃除、洗濯、花を飾ること、植物を育てること、新しい発見、新しい出会い、人間っていいな・・・と気付くこと、平和って大切だな・・・と忘れないこと、まだまだあったと思うのですが、とりあえずここまで思い出せました
    働いたお金を一生懸命やりくりして、一年に一回出かけた舞台観賞(年によって、演劇・ミュージカル・オペラ・狂言と違うのですが)は、とても幸せな気分を味わっていのだろうと思うのです
    日常生活から離れた、贅沢な時間
    頑張っている自分への最高のご褒美
    仕事が休むことができると、毎年行っていた一人旅は、自分が自分のことだけを考えていい・・・そんな時間をいっぱい与えてくれていたのだと思います
    私は、大家族で育ったので、どうしても一人になる居場所が確保しづらかったりしました。
    失恋して自室に引きこもって泣いていると、誰かかしらが「どうした?」と、扉を叩くという・・・気持ちは嬉しいけど、今は放っておいて!が通じない世界でした特にそういう場合は、祖父母が心配して聞いてくるので、話せば何もかも詮索してくるし、拒否をすれば拗ねて一週間は口を利いてくれず気まずくなるし・・・
    また、お風呂にもゆっくり入れませんでした。本を読みながら半身浴しようものなら、「出ろ、出ろ!」と兄弟からブーイング。「いつまで入ってんだよ!」と、ブツブツ言われ。リラックスしたくて入れたアロマオイルは、「くさいっ!!」と大騒ぎされ
    大家族の長所もありますが、反対に・・・切ない点もありました。
    しかしだからこそ、一人旅は最高でした
    誰にも怒られない、ながぁーーーーーーーーいお風呂タイム
    泣いても干渉されない、自由な時間
    テレビを好きに見ていいとか、ゴロゴロしても「だらしない!」と一喝されないとか、新聞を独り占めできるとか、配膳しなくていい・・・上げ膳・据え膳とか、一人でホッとできる時間を欲していたのだと思います
    それでも、御飯を食べていると・・・誰かと話しながら食べたいなあと、思ったものです
    素敵なものを見つけると・・・誰かに教えたいなあと、思ったものです
    友達との旅行は、共にいることで喜びや楽しみが倍増していたのだろうな・・・と思います
    一人の旅行は、私に一人の寂しさと同時に、一人ならではの楽しさを教えてくれていたのだと思います
     
    しかし、今は、そんな贅沢考えられません。
    自分だけの自分の時間・・・しかも、お金を使う何て、とんでもないっ!!と、首を横に振りながら後ずさりしてしまいます
    どうしてなのか?
    私が私自身に投資することを・・・夫が望んでいなかったからでしょう
    子供がまだ宿っていない時期、私はまだ働いていましたから、自分のお給料の一部をお小遣いとして使っていました。
    その範囲で買ったものであり、独身時代とは違うと意識して・・・それでもどうしても行きたい催し、買いたいモノに使っていたのですが、
    「へえ、〇〇に行くんだ。チケットいくらしたの?」
    「友達と行くの?俺も行きたいなあ・・・でも、二人分だと高くなっちゃうよね」
    「アレ、これ買ったんだ?」
    「ソレ、なかったよね?新しい本?」
    「親に贅沢する前に貯金しろって、言われたけど貯金してる?」
    言われているうちに、段々後ろめたい思いがするようになってきました。仕事をして得た私のお金のごく一部です。干渉される言われのないものです。しかし、あまりにも言われ続けて・・・そのことが苦痛になってきました
    私が出掛けてお金を使わなければ、何も聞かれないし言われない。
    私が自分のものを買わなければ、何も聞かれないし言われない。
    私は、自分の楽しみとしてきたものを少しずつ少しずつ手離すようになっていきました
    共働きで、自分の給料を稼いでいた時でさえ、こうなったのです。
    月によっては、少しですが彼よりも収入が多い時もありました。それなのに、こうなっていったのです。
    働いていればDV被害に遭いにくい・・・とか。
    働いていればDV被害に遭った時、すぐに離婚に踏み切れる・・・とか。
    言われる方がみえます。
    そういう考え方もあるでしょう。
    しかし、DVはそんな生易しいものではないと、私自身は痛感しています
    DV加害者シナリオで、「仕事を続けさせる」とあれば、DV被害者は続けることもできるし稼ぐこともできるのです。しかし、それはあくまでも彼の作り出したシナリオであって、相手に許可を与えているに過ぎないのです。相手の働きたい気持ちや仕事への意欲を尊重しているのではないのです
    加害者よりも仕事を優先したり、加害者の要求する金銭が差し出されなければ、加害者は不機嫌になり、イライラし、罵ったり、嫌味を言ったり、最後は爆発するでしょう
    私の夫は、私が働くことを望まなくなりました
    家にいて欲しいと言うようになりました
    私は、彼の望む専業主婦になりました。
    仕事を彼のためにやめた私が、愚かに感じられる方もみえるかも知れません。
    とても不思議なことですが、あの時・・・私は自分で望んで仕事をやめていました。
    彼のコントロールに一切気付かず、彼との生活と仕事の両立に疲れ果て、主婦になって彼のことに専念しないと・・・と、思ったのです
    今、この文章を書いて・・・ゾッとしました。
    「主婦になって、彼のことに専念しないと」
    って、もう、そう思うこと自体、相当DVレベル進んでいますよね
    彼は、余程私を縛り付けて洗脳したくて、必死だったのでしょう
    結婚して半年で、私は、もうこうなっていました
    これが、DVに遭うということです
    そして、専業主婦になり、ますます自分への投資をしなくなりました。
    だって、専業主婦って・・・収入源は夫のお給料だけですものね、基本。
    アメリカでは、専業主婦の働きは年収1000万円に値するという嬉しい発表もあったそうですが、365日休みなく働いている主婦に対して「働いていない、何も生産していない」「お金を生み出さなければ自立しているとはいえない」という声は、相変わらず多いです。
    そうなると、ますます縮こまります
    自分のためのお金何てとんでもない・・・!
    ますます小さく小さくなります
    医療費でさえ、もったいないと思います。美容院代も、いいのかしら?と、不安になります。スイーツ一つ買うのさえ、自分のためには買えなくなりました。こんな贅沢しちゃいけない。そういう声が聞こえるのです。こんな私に、こんな投資しちゃいけない
    もっともっと小さくなって、もっともっと小さくなって、もっともっと小さくなって
    ほら、ボクの掌に乗るくらい・・・
    ボクが、いつでも握りつぶせるくらい
    DV被害者の中に入り込んだ、DV加害者の望みは、こうして達成されていくのです。
     
    夫が、DV加害者更正教育プログラムを受講するようになり、4ヶ月くらいたった頃。
    私は、習い事を始めました
    市の講座のヨガです。
    安いということもありましたが、鬱病に良いと本で知ったからです。
    結婚して初めて、彼が批判も嫌味も忠告もせずに、快くOKしてくれました。
    今の私の贅沢は、月三回のヨガ
    月一回のDVカウンセリングです
    カウンセリング代は、どうしても彼のお給料から出すことに抵抗がまだあり、自分の貯金を下ろして払っています。貯金がなくなったら、カウンセリングにも行けなくなるな・・・と、思っています
    「自分に投資する」
    本当は、そうしていいですのにね
    そのことがとても難しくなってしまったことが、残念であり悲しいです
    少しずつ、自分を大切にする感覚を取り戻すしかないのだと、思います





    DV被害の落とし穴のひとつ パート5

    • 2009.08.30 Sunday
    • 14:50

    私はDV被害に遭い、とことん教え込まれた感覚があります
    今まで生きてきた人生の中にも、その感覚は多少なりともありました。
    しかし、骨の髄まで沁みこまされたのは、夫と生活してからです
    心身に叩き込まれた感覚
    それは、恐怖感です
    DVが存在するカップルかどうか、見極めるポイントの一つに「怖い」かどうか?ということが挙げられているように「恐怖感」はDV関係には必ず付いてくる感覚です
    言いたいことが、言えない。
    したいことが、できない。
    緊張感が常につきまとう。
    不安感が拭えない。
    彼が仕事でいなくても、彼のことを考えて家事や育児をせずにはいられない。
    彼が仕事でいなくても、彼が帰宅したことを一番に優先して、段取りを考えずにいられない。
    彼のご機嫌を損なわぬよう、自分の考えや気持ちを押し込めずにはいられない。
    彼のプライドを尊重するよう、常に気遣い・気配りを絶やさずにはいられない。
    彼を傷つけたり悲しませたりしないよう、自分の感情は置いてきぼりにせずにはいられない。
    彼を慰め癒せるよう、自分のエネルギーすべてを注ぎ込まずにはいられない。
    どうして、そこまでしてしまうのか。
    「怖い」からです
    逃れられない「恐怖感」が、あるからです
    DV被害に遭えば、心身にサイクルは沁みこみます
    「今は、ニコニコしているけど、いつイライラして・・・また爆発するか分からない」
    常に、その恐怖感を抱かなくてはいけなくなります
    恐怖感を感じる相手に対して、どうして奉仕しようとするのか?
    理由は、簡単です。
    爆発を引き伸ばせる、唯一の安全な方法だと感じるからです
    危険を感じれば、人間は誰でも安全な方法を探し、実行します
    いつか爆発すると分かっていても、今日、今この時が安全に無事に済むのなら、自分が我慢して済むのなら、その方法を選択せずにはいられないのです
     

    では、どうして、恐怖を感じる相手から逃げないのか?
    この理由は、複雑です
    私の場合は、まず、彼が好きだったから
    爆発すること以外を除けば、いつも優しくて、病気の私を支えてくれて、私が困れば一生懸命何とかしようと考えてくれて、重いモノはヒョイヒョイ持ってくれるし、子供にスポーツは何でも教えてくれるし、頼りがいがある所もあれば繊細な部分もあって、私に色々甘えてくる様子も愛らしくて、大好きでした。
    他の理由として挙げられるのは、私の病気のことです
    私の病気のせいで彼が爆発すると信じていたので、彼を追い詰めてしまう私自身に原因があると信じて疑わなかったのです
    DVと分かって、病気が理由ではなく、むしろ病気の原因が彼のDVと判明しても、「私自身に原因がある」という自責感は、消えませんでした
    病気によるものもありますが、やはり・・・周囲の影響も大きかったと思います。二次被害に遭えば遭うほど、彼しか私を理解し守ってくれる人はいないんじゃないかと、どんどん誤解していきました。
    ですから、三番目の理由として、二次被害を挙げます
    「夫婦は、例えDVでもお互い様だから」
    「きっかけを与える、あなたが悪い」
    「選んだんでしょ?あなたが。じゃ、あなたにも原因があるじゃない」
    「DV?殴られてもいないくせに」
    「今すぐ離婚しないのは、あなたも彼との関係を望んでいるからでしょう。結局、あなたが自分で選んでいるのよ。自己責任」
    「DVしたくなるよ、相手があなたじゃ。あなたこそ、女王様だ。全部、旦那のせいにして」
    泣きながら、私が戻る場所は、彼の元でした
    そして、最大の理由は、やはり「怖い」からです
    不思議ですよね。
    怖いから、怖い思いをさせる相手から・・・逃げられない?
    だから、怖いなら、逃げればいいじゃん。縛られているわけでも閉じ込められているわけでもなければ、可能でしょ?そう思われる方もみえるでしょう・・・
    しかし。
    縛られ、閉じ込められているのです
    見えない「恐怖感」という、とてつもない強い鎖と、壁に
    逃げたら、どうなるか。
    逃げたら、何をされるか。
    逃げたら・・・失うものは?犠牲は?
    自分が逃げ仰せたとしても、逆上した彼が身内を襲ったら?
    毎日のように流れるDV事件の報道は、私の背筋を凍りつかせ、見えない鎖と壁を強化しました
     
    それでも私が、家出をすることができたりしたのは、理解して下さる方、支えて下さる方がみえたからです
    辛抱強く見守って、気に掛けて下さる気持ちが、少しずつ少しずつ、私の心に力を下さっていたのです
    そして、もう一つ大きな理由があります。
    それは、彼を好きだからです
    私が、彼にしてあげられることは、もう一つしか残っていなかったのです
    「あなたが、今のままなら、私はそばにはいられない」
    そう、行動し訴えるしか・・・もう・・・私にできることは、なくなっていたのです・・・
    この文章を書きながら、涙が出てしまいました
    ホント、自分でもバカだなあ・・・と思います
    DV行為に頼る限り、彼の人生は破滅していくと感じていました
    家庭でDVしながらも、世間を上手に渡る器用なDV加害者もいるのでしょうが
    彼は、不器用でした
    家庭でエスカレートするDV行為に比例して、彼は職場の人間関係もギクシャクし、彼のご両親とも諍いが起こるようになっていました
    誰に対しても「俺に優しくしてくれよ、俺を認めてくれよ」と、求めるようになってしまっていました
    自分にどんどん自信がなくなり、その自信を他人から与えられようと縋るようになっていました
    いつもイライラし、不安そうにビクビクと周囲を伺い、とても生きているのが辛そうに見える時がありました
    彼のそんな閉塞感を・・・何とかしてあげたいと、思いました
    私が自殺しても、彼の閉塞感は消えない・・・と、気付いていました。私のあ命を犠牲にしても、彼の人生に光を与えることはできない
    何故なら、彼自身が自分と向き合い、自分で何とかしなくてはいけないことだからです。私は、彼の人生を肩代わりすることはできないのだと、ようやく分かったのです
    だから、私が彼に最後にしてあげられることは、身を引き裂かれるような思いで決断し実行することしか・・・ありませんでした
     
    今、私達は別居し、週末だけ会うようにしています。
    将来、まだどうなるのかは、見えません。
    今の私には、再び同居することも「怖い」です
    そして、別れることも「怖い」です
    別れることになったら、叶うことなら・・・彼に会わないまま、すべてを決めて離婚届を出したいくらいです。
    別れることを決意した私に、彼がどんな表情を見せ、何を言うのか、怖くてたまりません
    そしてもっと怖いのは、そんな彼に直面した時・・・私の決意が揺らぐのではないかという、恐怖です
    自分を信じられない恐怖。
    彼のコントロールが、私の中でまだ在ることを感じてしまう恐怖。
    彼も怖いけど、自分も怖いのです。
    DVとは、何と残酷で・・・人間を歪めてしまうものなのでしょう
     
    「恐怖感」は、とても厄介です。
    でも、本当に一番怖いことは「恐怖感」を感じる自分を責めてしまうことです
    怖いのは、当たり前のことです。
    感じて、いいんです。
    怖いものは、怖いんです。
    好きな相手だろうと、「怖い」ことされれば、「怖い」んです
    夏休み中、ご先祖様のお墓参りに行った時、幼い我が子が、誰もいない方へニコニコ笑いながら、手を振っていました
    彼により恐怖感が麻痺している私は、
    「ご先祖様がみえるのかも知れない」
    と、微笑ましく見守っておりました
    目に見えない存在に対して畏怖はありますが、彼のひと睨みの方が、今は怖いんですねえ
    しみじみ




    DV被害の落とし穴 パート6

    • 2009.09.01 Tuesday
    • 10:27

    DV被害に遭い、初めて経験し、そのことに気付いた時、絶望のあまり・・・号泣したものがあります
    「記憶の封印」です。
    昔のことが思い出しにくいなあ・・・と思うようになったのは、彼との結婚生活が6年目に入った辺りでしょうか。
    心身症の薬の副作用か、既にやってきた老化現象か?と考えていたので、その時はあまり深く考えていませんでした
    DVの影響は、病気という形で出ているわけだから、いい加減出尽くしただろうと思っていたのです
    しかし、身内に何か言われる度。
    私の心は深く傷つきました。
    どうしてだろう?
    病気だからだろうか?
    特に、両親との関係が一番ギクシャクしてきました。
    言葉が刃のように突き刺さり、話すことがどんどん苦痛になり、会いたくなくなってきました
    「もしかして、私・・・アダルトチルドレンなの?」
    そう思い、アダルトチルドレンの本を読み漁った時期もありました
    アダルトチルドレンとは、親子の関係が理解を深める関係になれないまま、成人し、苦悩している方々を表現した言葉です。
    自己肯定感が低いことも特徴の一つです。
    しかし、私は・・・自分がアダルトチルドレンとは、どうしても思えませんでした。
    自己肯定感が低いことは、確かです
    現在の自己肯定感は、最低ラインといえるでしょう
    しかし・・・独身時代。
    私は色々なことに挑戦し、失敗して落ち込んでも沈み込んでも起き上がり、また新しい扉を開いて生きていました。
    そのチャレンジ精神は、自分を信じている気持ちがなければ難しいと思うのです。
    じゃあ、何で?と、思った時
    「あれ・・・?」
    私は驚きのあまり、表情が固まりました
    何処の学校に行きました、何処の会社で働きました、働きながら学校行きました、何とか卒業しました、いっぱい働きました、彼と出会いました・・・と、思い出すことはできるのに。
    私が生まれて、両親がどんな風に育ててくれたのか、どんな言葉を掛けてくれたのか、大切にしていた嬉しかった思い出、体の隅々まで行き渡っていた愛情の源のようなものが・・・真っ白でした
    「うそ・・・・・・」
    頭を振ってみました。
    頭を軽く叩いてみました。
    ダメでした。思い出せません。
    「沢山、あったはずだよ・・・・」
    記憶を蘇らせようとしました。
    幼少の頃、父と二人でフェリーに乗り・・・私が船酔いをして・・・イメージが蘇りました。
    そう、そうしたら、私が吐いて汚してしまって・・・なのに父は怒りもせずに・・・。
    「イタッ!!」
    強烈な頭痛がしました。イメージが白くぼやけていきます。父が、怒りもせずに優しく介抱してくれた記憶が在ったはずなのです。消しゴムで消されたように、その部分だけイメージが蘇りません
    どんどん消えていってしまいます。父と二人でフェリーの乗った部分でさえ、白くなってしまいました
    「うそ・・・・」
    私は呆然としました。
    では、母は?学生の時、突然の土砂降りでビショビショになって帰宅したら、母がいてくれて・・・。
    「イタタタタ・・・」
    また頭痛がしました。今度は、鈍い痛みです。母がすぐにお風呂を沸かしてくれて、制服を乾かしてくれて、温かい飲み物を用意してくれたはずなのです。なのに、どんどん白い霧が覆っていってしまいます。母の顔はのっぺらぼうです。どんどん白い霧は広がり母を隠してしまいました。土砂降りの雨を懸命に走って帰る私のイメージばかりが繰り返し流れてきます
    「何だ・・・これ・・・」
    私は、座り込み・・・ぼんやりとしていました
    自分の身に何が起きているのか、全くの初体験で受け容れるまでに時間が掛かりました。
    私が、どうして両親からの言葉に過敏に反応してしまうのか。
    両親は、今まで注いできた愛情が根底に在るものと信じて疑わず、心配して色々言ってくれていたのですが。
    当の本人である私は、両親が注いできてくれた愛情の源を・・・何処かに封印してしまったのでした
    自分は、愛されていると感じながら、言葉を受け止めることと
    自分は、もう愛されていないと感じながら、言葉を受け止めるのでは
    大きな違いが在って当然です。
    私は、泣きました。
    一人で、ワンワン泣きました
    大切な両親を含め、今まで生きてきた大切な方々との思い出をすべて・・・私は封印してしまったのです。
    彼の要求に応えるため
    彼のためだけに生きるため
    結婚後、私に組み込まれたプログラムは、そこまで私を作り変えてしまったのでした
    私は、そんな自分が悲しくて悲しくて、泣きました
     
    半月悩みましたが、母に思い切って、記憶のことを話しました。
    最初は、信じてもらえませんでした。
    しかし、一生懸命話しているうちに(泣きながらですが)、理解してもらえることができました。
    「旦那さんのために、蓋をしてしまったんだね・・・」
    母は、涙ぐんで言ってくれました
    私も泣きながら、頷きました
     
    現在は、少しずつ、少しずつ、記憶が戻ってきたところです。
    まだほんの少しですが、とてもとても嬉しいです
    戻るきっかけは、人の優しさです
    溢れる思いやりです
    「大変だったね・・・」
    と、ハグしてくれた友達の温もりや
    「ありがとう」
    と、笑顔で返された時や
    「一人じゃないです」
    と、力強く言って下さる方と出会った時
    そして、このブログを読んで下さる皆さんと出会えたこと
    本当に本当にありがとうございます
    その度に、少しずつ記憶の蓋がズレて、優しい大切な記憶がフワリと、戻っていると感じます
    親愛なる、いもうとに記憶の話をしましたら、
    「おねえちゃん、やばいよー、昔のことを思い出せるようになったってことは、新しいことを記憶しにくくなるってことだよ」
    と、言われました。
    「え?やばいの?」
    「やばいよ、”朝の味噌汁の具、何だったっけ?”って、悩むようになるよん」
    「それって、”昨日の夕飯何だったけ?”みたいな?」
    「そうそう、”ほらあのタレントの名前、何だったっけ?あのドラマに出ていたあの人!”とか」
    私は、そうかー・・・と、笑いました。
    こんな会話ができる世界から、本当に遠くかけ離れた所で闘っていました。
    おかげさまで老いることは、怖くなくなりました
    私が今怖いのは、暴力です
    喜んで、
    「アレよ、アレ、アレ、アレだって!」
    と言いますよん



    DV被害の落とし穴のひとつ パート7 

    • 2009.09.03 Thursday
    • 14:46

    DV被害に遭い、ドン底に叩き落されて行き着く所は、絶望を通り越した「諦め」です
     

    最初は、諦めたり何かしません
    「あなたのやり方はおかしい」
    「あなたの言うことは偏っている」
    「私は、そうは思わない」
    「私は、そんなことには納得しない」
    「あなたはそう思うんだ。でも、私は違うよ」
    何度も何度も、コミュニケーションを行います
    嫌味を言われ、否定されても、立ち上がり、
    「そういう言い方されると、私はとても嫌な気持ちになる。だからやめて」
    「そういうやり方は、私は悲しくなる。フェアじゃないと感じるから、他の方法にして」
    自分を主張し続けます
    これは、精神的DVを受けている方だけに限りません。
    殴られたり、蹴られたりしても、
    「何するのよっ!」
    とやり返したり、
    「暴力に訴える何て、最低だっ!」
    と言い返したり、立ち向かう方もみえるでしょう
    しかし、その度に、増していくDV加害者のさらなる報復と圧力に、段々と心身が蝕まれていくのです
    平手打ちが、拳で殴られることになり。
    嫌味が、大声で罵られることになり。
    DVされる側は、やり返せば、倍以上になって返されることを学習してしまうのです
    しかも、DV被害を受ける側の快復を、待っては・・・くれません
    すべてDV行為を行う者の欲望の赴くままです。
    DV加害者は、すべての権利は、自分に在ると信じ込んでいるからです。
    快復を待たずに、ひたすら攻撃されるということが、どういうことか・・・
     

    お城を思い浮かべて下さい。
    日本のお城でも、西洋のお城でもOKです。
    そのお城は、とても豊かなお城です
    庭には美しい草花が生え、外壁は光を浴びて美しく、池の水は透き通っています
    お城に住んでいるのは、あなた自身です
    ある日、お城が突然、攻撃を受けました
    幸い攻撃は、矢が1本飛んで来ただけでした。
    すぐに叩き落し、ことなきを得ました。
    しばらくすると、今度は、矢が2本飛んで来ました。
    再び叩き落します。
    また、が飛んで来ました。今度は、4本です。
    何とか、叩き落しました。
    また、が飛んで来ました。今度は、16本です。
    すべて叩き落すことは無理でした。庭の木に数本刺さりました。慌てて、矢を抜きます。
    ようやく抜き終わったと思ったら・・・またまた、が飛んで来ました。
    今度は、256本です!
    庭の草花のほとんどが、手折れてしまいました。木にも沢山刺さっています。
    池の生き物にも刺さり、水が濁り始めました。
    矢を抜き、拾います。草花や池の手入れもままならないうちに、次の攻撃が!
    今度は、何と矢が、65536本です!
    あなたは、呆然とします。
    城の壁や庭に、矢が一面に刺さり、ひどい有様です。
    どうしてこんなひどいことをするのか・・・!
    あなたは、怒りました。こうなったら、攻撃は最大の防御です。
    あなたは、城の奥深くにしまってあった大砲を取り出し、城の外めがけて打ちます
    「うわっ!」
    外で悲鳴が上がりました。よし、手応えは、あったもようです。
    これで静かになる・・・と、安堵して、修復に取り掛かろうと思ったその時。
    「ドッカーン!!」
    何と、大砲が打ち込まれました。それも、次から次へです
    「ドカーン!!」
    「ドカーン!!」
    矢も、降り注ぎます。城の壁には大きな穴が空き、庭の大木も倒れ始めました。
    池は爆発で水が飛び散ってしまい、草花は爆風で燃えてしまいました。
    あなたは、呆然とします。
    攻撃が、やっと・・・止みました。
    あなたは、瓦礫の中から這い出し、焼け野原となった・・・庭を見ます。
    崩れ落ちる寸前にまで破壊されてしまったお城を見上げます。
    何処から手を付けたらいいのだろう・・・何をすればいいのだろう・・・。
    涙が込み上げます。
    それでも、あなたは涙を拭い、矢を片付け、崩れた瓦礫を拾い、お城を元に戻そうと試みます。
    そんなあなたをあざ笑うかのように、再び、残酷な攻撃が再開されました
    あなたは、どんどん破壊されるお城を見て、とうとう・・・思うのです。
    「もう・・・いい」
    あなたは、ポトリと、拾った瓦礫を落とします。
    「もう・・・どうにもならない」
    こうして、自分が、自分であることを諦めてしまうのです
    これが、DV被害に遭うということなのです
     
    1本の矢が2本になり、2本が4本になり、4本が16本になり、16本の二乗の256本になり、256本の二乗の65536本になる例は、大袈裟に思われるかも知れませんが、DV行為のエスカレートは、一度軌道に乗り出すと、これくらい激しさを増していくこともあると感じます
    それでも、私は、別居して気付きました。
    攻撃を避けられれば、いつかお城は修復することができていくのです。
    まず、攻撃を避けることが大事なのです。
    それにしても、どうして「私である」というだけで、攻撃を受けなくてはいけないのか
    理不尽で、悲しい事実です
     
    最近、読んだ本を二冊ご紹介します
    「暴力被害者と出会うあなたへ DVと看護」は、医療関係者向けに書かれた本ですが、DVについてとても分かりやすく簡潔に説明されていて、DVについて知りたい方にも、とてもオススメです
    訳書ではないので、事例も日本の事例ばかりなので、その点も入りやすいと思います
    DV被害者の方は、ああ・・・こういうことが起きているんだな・・・とか、こういうこと私も感じた・・・とか、いっぱい共感できると思います。
    また、DV被害者の周囲の方には、DV関係においてはどんなことが起きているのか、精神状態を含め理解がとても深まる良書です。是非オススメしたいです。
    「選ばれる男たち 女たちの夢のゆくえ」は、カウンセラーとしてDVとも深く関わってみえた方の著書だけあり、DVのこともいっぱい出てきます。団塊世代のご夫婦のことを主に取り上げてみえますが、私の夫のように、団塊世代ジュニアである彼がDV行為に縋る理由の一端も知ることができたと思います
    俺は、仕事しているんだから、家庭は俺の癒しであれ!他の機能は要らない!俺のためだけの居場所であれ!
    妻は守るものではない。俺を守るべきものだ!そのために存在しなくてはいけないのだ!
    この辺り、とても夫の価値観と重なる感じが致しました
    守れって・・・・そんな威張って言われても
    君は、お姫様かね、御伽噺の・・・
    私が守るのは、私というお城だよ、と・・・彼が気付く日が来るのかしら?と、それこそほとんど諦めムードの私です


     










    評価:
    友田 尋子
    医学書院
    ¥ 2,100
    (2006-03)
    コメント:DV被害者の方だけでなく、その周囲の方にも読んで欲しい一冊です。医療関係の方は、必読して欲しい・・・と思いました。

    評価:
    信田 さよ子
    講談社
    ¥ 756
    (2009-07-17)
    コメント:帯のコピーに惹かれて読みました。何故DVに走る加害者がいるのか、生み出している構造についても書かれています。団塊世代の方は、読んでとても共感もしくは痛感されるのではと思います。

    DV被害の落とし穴のひとつ パート8

    • 2009.09.04 Friday
    • 11:48

    DV被害に遭うと、闘わなくてはいけないものがいっぱい出て来ます
    もちろん、DVとは関係なくても、生きることそのものが、闘いかも知れません。
    始終つきまとい、最も私を脅かす敵は「死神」です

    DV被害に遭っていると気付かない状態が長引くと、何が起きるのか
    私の場合は、心身を病むという形でした
    DVと知らないまま、先に、心身が悲鳴を上げる被害者の方は、とても多いそうです
    原因不明の苦痛や鈍痛を伴う症状で苦しんでみえる方、持病があっても中々薬が効かない方、慢性的な病で辛い方、その中にDVが隠れていることもあるそうです
    私自身も、自分の鬱病や不安症、PTSDが重症化し、自殺を試みようとして。
    それでも、子供のために死にたくなくて。
    数時間、一人でもがいて、刃物を持ったり離したり格闘して
    泣きながら、どうしようもない、彼のために生きていちゃいけない、彼は私が妻だから爆発が止められないんだ、私は彼のために死ななくてはならないんだ、と・・・ひたすら自分を責めて
    それでも、やっぱり死にたくなくて。
    それでも、やはり死ななくてはいけないと思って。
    最後の最後に、私のことを知らない誰かにすべてを話して、消えようと思い
    電話をした先の女性相談の方が、DVだと教えて下さり、
    「死んではダメ、生きて下さい。DVを知って下さい」
    と強く優しく言って下さり、死神を振り払うことが出来ました。

    では、DVと気付けば、死神は現れなくなるのか?というと・・・そうではありません
    DVと知っても、病気がすぐに治るわけではありません
    彼からの攻撃がすぐに止むわけもなく
    DVを周囲が深く理解してくれているわけでもありません
    一つ一つ、DVなんだよ、私は今こういう状態なんだよ、ここを理解して下さい、こういうことを止めて下さい・・・と、彼や周囲に伝えることをしなくてはいけませんでした
    そのことは、今でも持続している部分でもあります。
    それにより、さらに攻撃を受けたり、周囲からの二次被害も受けました
    その度に、死神は、私の隣に擦り寄りました
    そして、どうすれば死ぬことができるのか、囁くのです
    その度に、闘います
    みっともなくても、必死にもがきます
    死にたくないからです。
    生きるために、命を守るために、暗い穴底から這い上がるために・・・ありとあらゆることを試みます
    SOSを周囲に発し、泣きながらでも話す、一人で抱え込まないようにします
    カウンセリングに走ります
    主治医に駆け込み、薬を貰います
    自力で行けない時は、いい年した大人であることも置いておいて、付き添いを周囲に頼みます
    どれもできないくらい、部屋から出られないような状態の時は、もうとにかく電話です
    女性相談、保健センター、自殺防止ホットライン、何でもいいので、とにかく電話して吐き出します
    DV防止教育センターの講師の方に、メールすることもあります
    助けて、助けて、とにかく死にたくない・・・・・必死に、這い上がるきっかけを探します
    これら、全部ができない時もあります
    静かに泣きながら、部屋の隅で怯え、必死に死神の声を振り払うしかない時もあります
    そういう時も、何度もありました
    どうやって、そんな時、死神に屈することなく生き残ることが出来たのか。
    それは、本当に・・・としか、言えません。
    例えば、偶然掛かってきた電話が、宅配便さんからで。
    「すみません、お荷物午前中は無理みたいなので、午後イチでもいいですか?」
    と、言われ、
    「・・・はい」
    と、返事をすると・・・。
    ああ、午後までは生きていなくちゃと思い、その日は生き延びることができるのです。
    何気に付けたテレビ番組に、救われたこともありました。
    たまたま流れたCMがツボにハマり、小さくクスッと笑いがこぼれた時。
    「・・・なんだ、まだ笑うことができるんだ・・・」
    と、胸に小さな灯りがともり、その日を生き延びることができました。
    ベランダに揺れる洗濯物を見て、青い美しい空と、子供の可愛い小さな服を見つめて、
    「・・・死んじゃ、ダメだ・・・」
    と、涙をこぼしながら唇を噛み締め、生き延びたこともありました。
    本当に、そんな小さなことの積み重ねで、生き抜くことが出来ただけです
    生と死が、それ程に身近で密接で、ささいなきっかけで裏返り、表になる。
    そういう日常を生きているのです。
    もちろん、一寸先は闇といいます。
    DVと関係のない人生を生きてみえても、生と死が表裏一体なことは変わりがないのです。
    生きることは、闘いである
    このことは誰しも、同じなのかも知れません

    DV被害に遭っていると、それが365日24時間、臨戦態勢であることは確かです
    戦士の休息はありません
    DV加害者が休息を許さないからです
    私自身、今、こうして生きていることが不思議に感じる時があります
    誕生日が来ると、年を取って憂鬱という女性がみえました
    私が笑って同意しなかったら、
    「何、何?あなたは違うの?」
    と、唇を尖らせて拗ねました
    とても可愛い仕草でした
    私は、うん、と頷きました。
    「去年からね、誕生日が待ち遠しくなった。自分の生きた年数が、すごく愛おしくて。よく生き延びたって、自分を思い切りギュッとしてやりたいくらい」
    デヘヘヘ・・・と笑う私を、彼女は黙って、ギュウッとしてくれました
    私は、こういう風に・・・いつも誰かに助けてもらい、救ってもらい、心に力を頂いているのだと思います。
    だからこそ、できるだけジタバタして、死神に負けずに生きたいとも思うのです。
     
    最近、新聞記事で見つけた「魔法の言葉」があります。
    (スピッツの歌の魔法のコトバという歌も、最高です
    辛い時、苦しい時、悩みに囚われている時、胸に拳を当てて、目を閉じて心の中で静かに唱えるのです
    「愛しています。ありがとうございます」
    そう、自分に心を込めて伝えます
    少しずつ落ち着いて、気持ちが楽になっていきます
    今日も唱えて、生きていきます











    DV被害の落とし穴の一つ パート9

    • 2009.09.05 Saturday
    • 11:26

    ベランダで育てているベビーリーフの鉢です
    種から育てました。
    順調に育って一度収穫したら、アブラムシにやられ、アブラムシを駆除したと思ったら、病気になり、病気の葉を切り落とすか、ひどいものは根から抜き去るしかなく、鉢いっぱいにあったのに、数える程しか残らなくなってしまいました。
    しかもその数本も、ほとんど根元しか残らない状態になり・・・。
    もうダメかな・・・と諦めていたのですが、何と!
    見事に復活してきました。
    その姿です!
    自然は偉大だと、感動しました
    今もスクスク育っています。
    明日辺り、収穫して久し振りに食べようかと思います
     

    実は、私は、まだ刃物が苦手です
    なので、包丁を使う料理が、ほとんどできません
    また、料理の献立や段取りを考えることができません
    頑張ろうとすると頭が痛くなり、台所でうずくまる時もあります
    大きなショックを受けて、自殺に囚われるまでにドン底へ落ちると、こうなってしまいます
    生きる気力を何とか取り戻しても、死神との闘いで力を使い果たし、生きているのがやっとの精神状態になってしまうのです
    以前は、この状態でも無理して頑張っていました。
    自分を叱咤激励して、気力で乗り切れると信じていました
    でも、無理だと思い知りました。
    二度ほど、入院ギリギりまでいき、頑張ることを諦めることにしました
    現在は、実家の両親に助けてもらっています
    私一人なら、入院もアリだと思うのです
    快適な病院を全国レベルで探して、入院して、いっそのこと夫からすごぉーく遠くに離れるのもアリだよねえ・・・何て、思います
    東京のくじらホスピタルさんとか、すごぉーく気になります
    お金は掛かるんでしょうけど・・・
    けれども、子供を置いての入院は・・・今の私には選択できませんでした
    かと言って、私一人ですべてを抱え込み乗り切ることは、無理だと思いました
    DV被害に遭い、ゾッとするくらい思い知ったことは「暴力の伝染」です
    夫がイライラすると、私もイライラしました
    夫がムカムカすると、私もムカムカしました
    DV関係でなくても、不機嫌な人がいれば、周囲の雰囲気が不穏になることはありますよね。
    DV関係ではない時は、不機嫌で態度が悪い相手に、ストレートに、
    「どうして、あの人、あんな言動を取るのかな。大人気ないなあ」
    と、思うことが出来るし、親しい人なら、
    「ねえ、私は、あなたが怒鳴り散らすと気分が重くなる。もう少し、穏やかに注意する形を取れないかな」
    と、発言することも可能でしょう。
    しかし、DVが生じている関係は、発言することは許されません
    ましてや「思う」ことも許されないのです
    DV加害者の態度に腹を立て、怒りを感じ
    思い切り、天誅食らわしたいっ!!と、憤ったとしても
    その矛先をストレートにDV加害者に向けることは、許されません
    何故ならDV加害者にとって、そういうことをしていいのは、自分だけだからです
    では、どうするか。
    矛先を誤魔化すのです。
    怒りを向けられそうになったら、DV加害者はありとあらゆる手段を駆使します
    泣く。同情を誘う
    屁理屈をこねる。論点をあいまいにし、相手を混乱させる
    子供扱いする。優しく宥めるフリをしながら、相手の尊厳をズタズタにして傷つける(病人扱いも、同じ目に遭わされます)
    責任転嫁をする。原因は自分ではなく、相手に在ると摩り替える
    無視する。とにかくそういうものを自分に向けることを許さない。相手が反省して謝るまで、無視を何日も、ひどいと何ヶ月も続ける
    寛大に話を聞くと見せかけて、「俺も悪いが、お前も悪い」と結論を持っていく。夫婦はお互い様だと主張し、DVを否定する
    これらのことをDV加害者は行います。
    では、ストレートに向けられなかった怒りは何処に向かうのでしょうか?
    自分自身と、加害者以外の他者に、です
    私は、今でも子供と二人きりが怖い時があります
    大好きな大好きな大切な子供に、湧き上がる暴力の嵐が向かう瞬間が来たらどうしよう・・・と、怖くて震える時があります
    なので、アパートで長時間二人きりにならないようにしています
    公園や、公共施設、保育所、実家、親戚、友達の家、必ず誰かの目がある所へ、半日以上は出掛けます
    夏休み、無事に過ごし終えて、本当に良かった・・・と、心から思っています
    私が、子供と二人きりになることを恐れていると話した時、彼は言いました
    「子供って、散らかすし、言うこと聞かないから、ストレス溜まるもんね。どのお母さんもそうだと思うよ。そのうち子供も大きくなって、手が掛からなくなったら、そんな心配なくなるよ
    私の中に組み込まれてしまった、彼のためのDVプログラムを・・・私ごとぶち壊したくなった瞬間でした
     

    虐待は、虐待へ移行します
    しかし、何処かで止めることはできるのです
    チクショー、負けねえぞッ、子供だけは守るんだ・・・ッ!と、決意する毎日です














    DV被害の落とし穴のひとつ パート9

    • 2009.09.07 Monday
    • 23:06

    ブログを更新してから、心療内科に行く予定でしたが、玄関から出られなくなり、病院の予約を明日にしてもらいました
    どうして玄関から出られないかというと、夫と話し合いを試みて怖い思いをした翌日は、100%そうなるのです
    多分、昔、彼に玄関で通せんぼされた記憶が蘇り、邪魔をするのだと思うのですが・・・
    玄関に向かうと身体が異常に重くなり、震えて足が進まなくなるのです。
    以前は、そんな自分が嫌で情けなくて、また彼の残像も怖くて怯えて、パニックになり泣いて泣いてオロオロして、一人で沈み込み動けなくなることがダントツ多かったです。
    こうなると、死神の囁きが始まるパターンに入りやすいので、それも怖くて
    最近は力を振り絞り、誰かにSOSをして、玄関まで来てもらったり、電話をしたり、テレビを付けて彼以外のことを考えようと試みたりしています。
    今日は、恐怖感+疲労感がひどくて、這って、部屋の中に戻りました
    そして、診察を明日に延ばして、自分のための時間を過ごそうと思うことにしました。
    病院に電話して、少しヨガをやり、後は寝ました。
    おかげで、少しずつ元気を取り戻し、午後2時過ぎにはようやく、玄関から出ることが出来ました
     
    DV被害の落とし穴について書いています
    書きながら、本当に色々あるなあ・・・と実感しています。
    今日は「混乱」についてです。
    DV関係でなくても、色々なことが重なると人間は混乱するものです
    また、人生は試練の場というか・・・悪い時に悪いことが重なりがちなんですよね
    そうなると、どんどん渦巻きに巻き込まれるみたいにキリキリマイマイのグッチャグッチャになってしまいます
    DV被害に遭うと、この「混乱」が、DV加害者のさじ加減により、左右されることになります。
    DV加害者は、「混乱」させるのが大好きです
    何故ならば、冷静沈着で物事を受け止めている間は、コントロールができないからです
    もしくは、とてもやりにくい
    だから、DVしたいと思う相手の理性を奪うことを考えます。
    何としても自分の感情に巻き込もうと、ありとあらゆる手段を考え行使します。
    その最も効果的な手段が、混乱させることなのです。
    自分が発言したことを「そんなこと言っていない」と、言い張ったり
    相手が言っていないことを「確かに、君はそう言った」と、決め付けたり
    「そう言われれば、そうだけど、俺はそんなことないと思うし」と、とても曖昧な表現を使ったり
    「俺も悪いかも知れないけど、よく考えてみて。俺がそうしたのは、誰のせいだと思う?俺だけが悪いのかな、君は何を努力したんだろうか?確かに、俺も悪いよ、それは認める。でも、君は?君は本当に正しいだけなのかな?」と、上手に責任転嫁をしたり
    相手の頭をグチャグチャにしたり、相手を感情的にしたり、相手の冷静に把握する力を奪い取ります。
    そしてこの混乱は、治まる時間がとても少ないのです。
    DV加害者がそばにいる限り、混乱させられるからです
    DV加害者がそばにいなくても、一度混乱した精神は、すぐに落ち着きを取り戻すことが出来ません。
    混乱していることで、さらに低くなってしまった自己肯定感は、自信を失わせます
    自信を失えば、さらに信じる源である自己を見失うことになるのですから、混乱はひどくなるばかりです
    周囲にも、色々言われます。
    「こうしなさい、ああしなさい」
    言われると、振り回される自分ばかりが見えて、また自己嫌悪に陥ります
    「こうすれば、ああすれば」
    頭では理解していても、心が付いていきません。身体もバラバラになりそうです
    では、「こうすべきなんだ」と理解している
    では、「でも、まだこう思うの」と感じている
    肉体は、「もう辛いよ」と悲鳴をあげている
    その状態で、彼からは、さらに混乱を招く言動があり
    周囲からは、心配故に、色々な意見が出て
    混乱がさらにひどくなり、渦巻きがどんどん速くなり、自分という存在がますます見えなくなり、真っ白な抜け殻になっていくのです・・・
     

    燃え尽きたよ・・・は、有名なボクシング漫画の主人公の台詞ですが。
    虐待を受けて、よりによって虐待をしている張本人のために、燃え尽きてしまう何て、悔しいですよね
    混乱を落ち着かせる時間と居場所は、絶対に必要です
    一日のうち、少しでも、自分のためのお時間や居場所を確保して下さいね
     

    ちなみに「混乱」は、手元の辞書では「いりみだれて、筋道が立たなくなること」とありました
    同じページに「混迷」もありました。「いりまじって、わけがわからなくなること」
    (国語辞典 三省堂 第三版 中型)
    今の私には、夫そのもののような気が致します







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