スポンサーサイト

  • 2016.12.28 Wednesday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -

    暴力が生むもの

    • 2014.08.13 Wednesday
    • 11:28
    評価:
    安里有生
    ブロンズ新社
    ---
    (2014-06-17)
    コメント:ああ、そうだね、本当だね・・・と、素直に、心にしみいる絵本でした。読んだ後、「へいわってすてきだね」と思えます。そう思うことができる今の状況を大事にしたいです。

    毎日、とても暑いですね
    更新ができないままで申し訳ありませんでした
    体調不良が重なり、今回は文章を書くことが怖くなる時期が長く、キーボードに長時間触れることができませんでした
    今日、久しぶりに「書けそうかも・・・」と感じたので、書いております

    暑さといえば、夜寝ているだけで熱中症になり動けなくなった実家の母(エアコン嫌いで、エアコンを使わずに寝ていたそうです。猛暑で湿度が高い夜のことでした)が、かつぎこまれた病院のお医者さんに言われたそうです
    「昔の感覚で、夏を迎えないことです。昔は、真夏日は月に三日くらいでしたが、今は毎日真夏日が普通になっちゃいましたらからね。嫌いでもエアコンを緩く入れて、水分も取って、ご自分の体を守ってあげて下さい。夜寝ているだけで熱中症になり、病院に運ばれる患者さんは少なくないんですよ」
    どうぞ、皆様もくれぐれもお気をつけて下さいね
    私も、もったいないからとエアコンを切ると、すぐに頭痛と吐き気と眩暈と下痢が日替わりに襲ってきて、やべえやべえ・・・!と、慌ててスポーツドリンクとエアコンに助けてもらっております・・・
    今年の夏は、特に、エアコンと扇風機と水分に命拾いさせてもらっている気が・・・
    お年頃なのか、病人だからなのか、両方なのか。
    ・・・夏の暑さのせいと思うことにします

    大分前のことなのですが、テレビで福山雅治さんの「暁」という歌を聴きました。
    いい歌だなあと思いました。
    実は、最初の歌詞に、神様を憎むほどの出来事という言葉が出てくるのですが、そこで私は涙が止まらなくなりました。
    とても自分本位で恥ずかしいことなのですが、
    「ああ、大丈夫だ、私は、神様を憎んでいない。今は、憎んでいない」
    と、いうことに気付き。
    そのことが嬉しくて、嬉しくて・・・。
    涙が止まらなくなってしまったのです
    「暁」の歌からは、人生に色々なことがあって辛くて悲しくて孤独を感じても、必ず夜明けはくる、あなたを必要とする誰かはいる、あなた自身を諦めないで下さい・・・というようなメッセージを感じたのですが、そのことがさらに、励ましをもらった気がしたのだと思います。
    悲しくて流す涙は、いっぱいいっぱい流しているのですが。
    自分のことで嬉しくて流す涙は久しぶりな気がして、とても恥ずかしいけど、心がポカポカするような気がしました

    正直、神様なのか、仏様なのか。
    この世界を司る大きな存在に、憎悪を感じた時期はありました。
    DVと気付いた時、夫からの支配から自由になることの困難さに気付いた時、周囲の理解が中々得られなくて孤立感を深めた時、ままならぬ我が身の心身と日常生活の折り合いがうまくいかず気が狂いそうだった時。
    自分と、自分を取り巻くすべてに。
    激しい怒りを感じました。

    でも、それは、大きな深い悲しみだったのだと、今は思います
    怒りの仮面を被った、絶望的に深い・・・魂の奥底まで抉られたような悲しみだったのだと思います

    だからこそ、一人じゃないんだと気付いた時。
    共感してくれる方が現れた時。
    うんうん・・・と話を聴いて、一緒に泣いてくれる方を見つけた時。
    DVの理解が難しくても、支えたいと手を差し伸べてくれる方がいらした時。

    「あなたは、悪くない」
    「辛かったね」
    「もう、頑張らなくていいんだよ」
    「あなたが今、そうなるのは、当たり前だよ。それだけの悲しい思いをしてきたんだから」
    「あなたは、生きてていい。自由を叫んでいい」
    「あなたは、モノじゃない、人間だ」
    「あなたは、あなたを愛して、守って、あなたの人生を生きていいんだ」
    「特権意識を振りかざす方が、間違っている」
    「対等な意識を持てない相手と、コミュニケーションを続けようとしなくていい」
    「逃げていいんだよ、あなたの命が一番大事なんだから」
    「例えどんな理由があろうとも、暴力を選択することは、コミュニケーションの手段として間違っている」
    「あなたの感覚がおかしいのではない」


    人だけでなく。
    書物や音楽やドラマや映画や・・・様々なメッセージに救われました
    そして、どうにかこうにか・・・憎悪を薄めることができたのです。
    悲しみがすべてなくなることは・・・まだ無理ですが、それでも、抉られた痛みをそっと自分の掌で抑えることはできるようになってきたと思います。
    そして、自分自身の頭を撫でて、ヨシヨシすることもできるようになってきました。

    DV被害者になるということの辛さは、心身への深い傷だけでなく、DV加害者への恐怖や悲しみ、怒りを抱くことはもちろんですが・・・
    自分自身強い自責感に襲われ、自分への怒りや悲しみに耐え切れなくなったり
    長い支配によるコントロール感覚や境界線の混乱で、自分が自分でいられなくなる・・・そんな恐怖を思い知らされることもあるのだと思います
    暴力を選ぶということは、相手の心身をそこまで傷つけ、貶めることなのだと、知って欲しいです。
    そして、暴力を選ぶことをやめて欲しいです。

    「これくらい」
    そう思っても、暴力は暴力です。
    そして、暴力は一度選ぶとエスカレートし、被害は大きくなります。
    国同士も、同じです。
    「暴力は、選ばない」
    そう決めて、そこからスタートして、すべての関係を築いていけたら・・・と願います。
    私には、家族で起きていること、恋人の間で起きていることであっても。
    教室や職場、友達の間であっても。
    誰かが誰かを貶めて、虐待して、暴力を選ぶということは、相手を「モノ」としてみていることにつながり、それが大きな暴力につながることだと思えてなりません。
    そんな連鎖が広がらないように、心から心から祈り続けます

    どうか、皆様、くれぐれも心身ご自愛下さいね
    読んで下さり、ありがとうございました
    お盆過ぎて、暑さが和らぐといいですね
    どうもありがとうございます













    DVの影響との闘い

    • 2013.12.30 Monday
    • 15:39

    もうすぐ2013年も終わろうとしていますね
    無事に生きている状態で、年末を迎えることは喜ばしいことで。
    「ありがとうございます。」
    と、空に向かって思います
    が、悲しいことでもありますが・・・いつまで、心身を支配する暴力の影と向き合い、闘い続けなければいけないのか、と。
    心のどこかで思ってしまう自分もいます

    動悸が激しくなる原因が、脳の扁桃体から出る信号が止まらなくなり、副腎ホルモンからの警報アラームが鳴り止まないからだということで、信号を遮断する薬が処方されるようになりました。
    薬のおかげで少し落ち着いて楽になったような気がするのですが、この寒さで血管がギュッと縮こまると、体のアチコチで悲鳴が上がり、頭痛や胸痛、背中の痛みが出てきます。
    今まで頑張ってきた肉体が、しんどいよ〜と、訴えているのだろうなあと思います

    鬱病自体が、心身のSOSを感知して脳の扁桃体が防衛反応として発症させることが原因とされているそうです。
    また、ショックな出来事は、記憶機能を司る脳の部分と扁桃体が一緒に反応してしまい、忘れることができなくなってしまうそうです。
    それが、PTSDを引き起こす原因となるそうです。
    扁桃体自体は、アーモンドのような形をした小さなものだそうですが、心身を守ろうと大きな力を発揮するようです。
    ですから、心が弱いとかそういうことではなく。
    それだけ心身が疲れ果て、頑張って頑張って、もう無理・・・という時に発症するのが、鬱病なのでしょう
    打たれ弱いということではなく、命の危険を感じて、それだけの恐怖や悲しみを感じた時に発症してしまうのが、PTSDなのでしょう

    NHKの鬱病についての番組で紹介していたのですが、鬱病などを発症しないためには、安心・安全な環境と、信頼できる人とのつながり、対等な人間関係が存在していることが大切だそうです。
    DVが存在する家庭、関係では、難しいことばかりです。
    むしろ、反対のことばかり起きます。
    毎日毎日、いつ爆発するかと怯え
    親しい家族や友人とは距離を置くよう強いられたり、仕向けられて
    DV加害者が求めるのは、対等な関係ではなく、上下関係であり、支配・被支配の関係です
    病気になるし、おかしくなるよなあ・・・と、しみじみ番組を見ながら思いました。

    心身の症状が出て辛い時、どうか、ご自分を責めないで下さい
    それは、弱いからでも、過去のことにこだわっているからでもありません。
    扁桃体の防衛反応であり、仕方がないことなのです。
    「ああ、脳の扁桃体から信号が出て、副腎ホルモンがストレスホルモンを出してしまっているんだなあ」
    と、考えるだけでも、自責感が薄れます。
    自分を責めれば責めるほど、ストレスホルモンが出て辛くなります。
    少しでも、心身の状態のしんどさが軽くなるように、どうかどうか、ご自分を責めることを和らげて下さい
    難しいことだとは思いますが、どうかどうか・・・生きるために、少しずつでもそうしていって下さい。

    悲しい事件が、報道されるたび。
    気持ちは暗くなり、怒りと悲しみで胸がいっぱいになります
    それでも、DV被害に遭われた方のご家族から、DV加害者更正教育をして欲しいという声が出てきていることや。
    DV専門機関との連携や警察の介入により、DV行為をやめる人の方が多いことを知ると、DV被害に遭ったことを諦めて我慢したり、自分さえ犠牲になれば・・・と思ってしまうことは、まだ早いと思います。
    暴力は、する方がいけないのです。
    暴力を選択することが間違っているのです。
    少しずつですが、ブログを書き続けることで、DV被害を少しでも減らすことができるよう・・・。
    DV被害に遭われた方が、生きようと思って下さるよう・・・。
    来年も頑張っていきたいと思います

    読んで下さりありがとうございました
    どうか、くれぐれも心身お大事にして下さいませ
    よいお年をお過ごし下さい
    ありがとうございます





    「〇〇だから、当然」という、隠れ場所

    • 2013.10.22 Tuesday
    • 09:37

    地球温暖化の影響でしょうけど、いつまでも気温が暑い日が続きますね
    台風もどんどん生まれて、空気が重い感じがします
    季節の変わり目ということで体調が崩れやすい時季ですのに、辛いですね。
    どうぞくれぐれも無理をし過ぎず、皆様お身体お大事にして下さいね。

    先月、とても久しぶりに、友達と夕食を共にしました。
    学生時代からの女友達数人と、ちょっとお洒落で美味しい居酒屋さんへ。
    働いている友達ばかりなので、夜6時から9時くらいまで。
    ものすごく久しぶりの夜の一人きりのお出かけ。
    友達と夜に外食するのは、9年ぶり。
    ノンアルコール飲み物おかわり自由で、女性限定お食事デザート付きヘルシーコース3000円。
    いやはや、こんな贅沢な時間を過ごしていいものか・・・
    みんなと会うことを決めてからは、嬉しくて嬉しくて。
    でも何か申し訳ないような・・・くすぐったいような、一人で、フニャフニャクニャクニャしておりました
    今は経過観察でよい動脈瘤ですが、何か起きた時に後悔したくなかったので、どうしても親しい友達数人には直接伝えておきたかったのです。
    病気のこと、今までの感謝の言葉などを。
    夫も、快くOKしてくれました。
    ・・・1ヶ月前、は

    私が友達と会う前日くらいから、雲行きが怪しくなり
    当日の朝は、子供が怯えるくらいの不機嫌オーラ

    ギリギリまで悩み、行くのをやめようかと思ったのですが、私の実家で子供を預かってくれると申し出てくれたので甘えさせてもらうことにして、出かけました。

    友達は、それぞれ色々あっても、乗り越えて頑張っていて。
    みんな泣いたりすることはあっても、明るさを失わず。
    私の病気のことも、うんうんと聞いてくれて。
    昔話に大笑いをしたりして。
    楽しい時間を過ごすことができました

    楽しい時間を過ごしても、帰宅すれば・・・どんより大魔王が待っておりましたが。

    今回のどんよりの原因は、夫の言葉をそのまま書き出しますと。
    「俺ばかり働いているのに。」
    「俺はテレビを見たり、パソコンでネットを見る時間もないのに。」
    「俺は風邪気味で具合が悪かったのに。」
    「俺もこれから、やりたいこと我慢せずにやるから。」
    でした。
    その状態で、どうでしょう・・・。
    5日間は、ご機嫌ナナメでした

    普通のご夫婦ならば、ご機嫌ナナメなパートナーを静観したままで平気なのかも知れません。
    もしくは、
    「9年ぶりの夕食ぐらいいいじゃない。ケツの穴が小さいわねえ。」
    と、プンプンして、
    「いいわよ、こっちもツンケンしちゃうから。」
    と、してみたり。
    「寂しくてすねちゃったのかしら。いやねえ、あなたが一番よ。」
    と、なだめてみるかも知れません。

    私は、そのどれでもありませんでした
    「そんなに悪いことしたのかなあ・・・。」
    という、不安と。
    「どうして、彼は、こんなに私の気持ちを暗くさせるんだろう。」
    という、怒りと。
    「私は、友達と外食することも許されないんだろうか。」
    という、悲しみと。
    「私が専業主婦だからいけないんだ。早く働かなくちゃ。」
    という、焦りと。
    「彼には感謝しているし、今回行かせてくれてありがとうって、伝えたけど、何か伝え方が間違っていたのかな?感謝が足りなかったのかな?」
    という、困惑と混乱と。
    5日間グチャグチャな時間を過ごしました

    不機嫌な彼が、いつ爆発するのか・・・・。
    過去のトラウマと闘う日々でした、
    彼に、何度聞きたいと思ったことでしょう。
    「爆発するの?前みたいに怒鳴り散らして、モノを投げ散らかして、地団太踏んで、壁を殴って、私を睨みつけたいの?それとも、殴りたいくらいに憎くなっているの?」
    しかし、その言葉は飲み込み。
    彼に、正直な気持ちを伝えました。

    お仕事のこと、いつも心から感謝していること。
    友達との集まりに行かせてくれて嬉しかったこと。
    でも、前日から不機嫌になり、悲しかったこと。
    今も、不快な雰囲気が伝わってきて、辛いこと。
    そんなに不満に思うほど、「やりたいこと我慢」しているのならば、我慢しなくていいから、私や子供から自由になって生きて欲しいということ

    すると、彼は、慌てて言いました。
    「奥さんが働きたくても働けない身体になったのは、俺の暴力のせいなんだから、俺が頑張って仕事するのは、俺がそうしたくてしているんだ。」
    「テレビは録画して休日に見ればいいし、パソコンだって休日に見ればいい。ただ自分が、面倒くさがってそうしていなかっただけだ。」
    「風邪だって、一週間前から調子がおかしくて、奥さんが病院に行くことをすすめてくれたのに、俺が嫌がって行かなかったんだ。」
    「我慢なんて、自分が面倒くさいから、外食も外出も、友達と遊ぶこともやらなかっただけで・・・本当は我慢していたわけじゃなくて。料理教室通ったり、ランニング講座行ったり、たまには家族でうまいもの食べたりもしていたのに・・・。でも、奥さんが友達といよいよ外出するってなったら、何かムカムカして。」

    妻のくせに、母親のくせに・・・。
    主婦なんだから、家にいて当たり前とか。
    妻なんだから、夫のこと最優先にして当然とか。
    具合悪いって言ってんだから、そういう雰囲気出しているんだから察しろよ、そばにいろよ、とか。
    専業主婦なんだから、贅沢するんじゃないとか。
    母親なんだから、子供の世話しろよ、俺に押し付けようとするなよ、とか。
    お前が、一人だけ楽しむなんてずるいじゃないか、とか。
    俺だって、うまいもの食いたいし、遊びに行きたいんだから、妻ならお膳立てしろよ、とか。
    気が利かなくてごめんなさいねって、俺のために予約して、色々なもの用意して、小遣い渡して、笑顔で送り出せよ、とか。

    俺には、お前にそうしてもらう特権がある
    お前は、俺にそうしなくちゃいけない義務がある
    何故なら、お前は俺よりも下位に属するモノだからだ
    どんどん、暗い感情が広がって
    自分が世界一かわいそうで、すごく苦労していて、損しているように思えて・・・

    その時の彼は、世界で一番自分が健気で可愛そうで、報われていない存在に感じられていたそうです。

    中々、消えないものですねえ・・・・・
    「特権意識」「上下関係」
    私自身も叩き込まれていることなので、私自身も気をつけなくてはいけないことです。
    コントロールしようとする側に、私がなるかも知れないのです。
    踏みとどまり、ブレーキを常に意識して、生きていかねばなりません

    「〇〇だから、これくらい当然。」
    「〇〇だから、これは当たり前だ。」
    は、怖いですね。
    夫婦関係だけでなく、親子関係、友達関係、恋人関係、師弟関係、仕事関係・・・国同士の関係まで。
    「こうあって欲しい。」
    「こうなることを望む。」
    「こうだと嬉しい。」
    では、なく。
    最初から、
    「当たり前」
    「当然」
    としてしまうと、感謝は生まれません。
    感謝がないということは、一方的な要求が高まる危険性があります。
    「当たり前」「当然」と思うこと、考えることが満たされないと、大いに不満を感じ、不安も大きくなりがちです。
    失望を感じて、怒りや悲しみが生まれやすくなります。
    暴力を手段として選択することも出てくるかも知れません

    この世界を生きていくということは、押し付けられがちな「当然」「当たり前」との闘いだったり、向き合うことだったり、見つめ直しだったりするのかも・・・と思います。
    でも、やはり。
    自分の考えや思いを「当たり前」「当然」と、どれほど信じていようとも。
    暴力を振るう、威圧や抑圧で脅すなど、やってはいけないです
    魂を踏みにじるようなことは許されないです。
    そんなことをされれば、怒りや悲しみを感じることは自然なことだと思います。
    自分の中に湧き出る自然な感情や感覚を拒絶したり否定したりせずに、
    「ああ、ショックだったんだなあ。落ち込んでいるんだなあ。そうだよねえ・・・。」
    と、受け止めようと思います

    今日も読んで下さりありがとうございました
    どうか、皆様も・・・感じていいんだ、思っていいんだと、受け止めて
    ご自分を抱きしめてあげて下さいね
    頭を撫でて、労わり、慈しんであげて下さいね
    朝夕は冷え込むようになりましたので、どうぞくれぐれもお気をつけて下さいね
    ありがとうございます




















    加害者と共に生きるということ

    • 2013.09.16 Monday
    • 16:31
    評価:
    NPO法人レジリエンス
    レジリエンス
    ¥ 525
    (2011-02-16)
    コメント:Q&A形式で短い言葉でありながら、ランディ氏がDVについてたくさんのメッセージを発してくれています。DV被害者支援、DV加害者更正教育プログラムを実践されてきた方なので、内容もとても分かりやすく具体的です。

    DV加害者更正教育プログラムを経済的事情から、卒業までできずに断念した夫ですが
    彼の場合は、プログラムを受講して良かったのだろうなと思います。
    それまで彼自身は、自分自身を見つめ直すということを真正面からしたことがなかったそうですし。
    私に対しての行為についても、常に正当化するクセがついてしまって、自分一人ではそのことすら気づけなかっただろう・・・だそうです。

    しかし、彼が未だDV行為を繰り返してしまうのは、卒業できていないことが理由ではない気がします。
    今の彼のDV行為は、プログラム受講前や、受講中(プログラム受講時は、DV行為が激しくなることがあります。DV加害者側にとって、自らの行為を省みることはとてもとてもしんどいことなので、いつにも増して暴力への依存が増してしまうことがあるそうです。身体的暴力を我慢して、精神的暴力がとても激しくなることもあるそうです。ですので、講師の方は別居を勧められることが多いそうです。)に比べたら、ずっとおとなしく小さいものだろうと思います。
    一人で考え込んで、悶々として、「一人ブラックホール」を作る・・・とか
    暗い表情でニコリともせず、うつろな目で睨んでくる・・・とか

    困ることは、彼自身が未だそのスイッチが入ると、自分でスイッチを切ることができないことです。
    それだけでなく、スイッチが入っていることに気づかない状態になります
    子供が怯え、私も過去のことを色々と思い出し、どんどん恐怖が募りしんどくなってきます。
    でも、彼だけは、気づかないのです
    そして、イライラするのです。
    「何をそんなに怯えるの?怖いって、何で?俺、何もしていないよね?」
    「俺にどうしろって言うのさ。俺を信じられないのかよ。大丈夫だって、言っているのに。」
    「奥さんや子供がそう感じるなら、仕方がないけど。俺は分からない。」

    私の苦悩すべてを彼が理解できないように、私も彼のことは分からないことだらけです。
    「相手の立場に立って、考えてみる」
    「自分がやられて嫌なことは、しないように気をつける」
    「悪いことをしたと気づいたら、謝る」
    「当たり前と思わずに、感謝の言葉を伝える」
    私にとっては、「普通なこと」のそれらが、彼には「普通ではない」。
    少なくとも、私相手では、特に難しくなる
    何故そうなのか?
    彼に、
    「どうしてだと思う?」
    と聞かれることもありますが、私には分かりません
    私は、彼ではないからです。
    彼にとって私という存在は、自分に従うべき「嫁」、自分よりも下位に属さなくてはいけないものと、何処かでまだ思っているのだろうなあ・・・と、想像することはできますが、本当のところは分かりません。

    加害者と被害者が共に住むということは、とてもストレスがかかることだと思います。
    どんどん増えていく私自身の病名を振り返ってみても、相当なストレスなんだろうなと思います。
    個人差はもちろんあると思いますが、しんどいことであることは確かです。
    ホッとして、安心して、幸せを感じることがあっても。
    心の何処かでは、警報アラームが鳴りそうな恐怖が拭えません。
    毎日が、自分との闘いです。
    過去の傷と向き合い続けることを強いられます。
    一日一日を無事に過ごすことで、自分の選択は今のところは良かったのだと、自分をようやく許せるような感じです。
    が、子供にも同じ緊張感や不安感があるということを知ると、罪悪感と自責感は倍増します。
    このままで本当にいいのか?と、どうしたらいいのかと、泣き叫びたい衝動にかられることもあります。

    それでも私が、まだ彼と共にいるのは。
    DVのスイッチが入った彼が、それでも私の言葉に耳を傾けて、スイッチを切る努力をやめないからです。
    そして、何とか頑張ってスイッチを切ることが出来ているからです。
    きっとそれが出来なくなったら、私は、彼の前から姿を消すでしょう。
    もしかしたらその前に疲れ果てて、スイッチが入ったことに気づかない彼に絶望して、離れることもあるかも知れません。
    反対に彼の方が、「こんなしんどいこと続けられるか!」と、去って行くこともあるかも知れません。

    「ランディ・バンクロフト氏が答えるQ&A ドメスティック・バイオレンスの真実」(編集・発行 特定非営利活動法人レジリエンス、2011年)
    の中で、ランディ氏は、加害者は変わることができるのか、どうなれば変わったことになるのかという質問にも、誠実に答えておられます。
    そして、
    「加害者が変化しないことを前提に自分の人生計画を立てて下さい。そうすれば万が一加害者が変化したら、それはよいサプライズになるし、そうでなかったとしても加害者の変化にすべてをかけていないから、まだ打撃が少なくなります」
    (「ランディ・バンクロフト氏が答えるQ&A ドメスティック・バイオレンスの真実」(編集・発行 特定非営利活動法人レジリエンス、2011年 )P.41、15行目より)
    と、DV被害者の方々へのメッセージを発しています。

    「彼は変わらないかも知れない・・・」
    と、悲観されるのではなく。
    「私は、私の人生を考えていいんだ。私の人生をこれからどうしようかな、どんな仕事をやりたいのかな、とか夢見ていいんだ、自分のことを思ってもいいんだ・・・」
    と、思うことができるようになったら、快復への第一歩で。
    とても素敵なことだと思います
    そして、
    「私は、こうしたいの」
    「こんな風に人生を歩みたいの」
    「これが私の夢、目標」
    と伝えた時、そのことを歓迎し、喜び、応援し、支えてくれようとするのならば。
    「彼」は、変わったかも知れません。
    もしくは、変わろうとはじめの一歩を踏み出した瞬間かも知れません。
    その態度が、永遠に続くことは難しいと思いますが・・・・。
    その時は、またその時に考えて、決断をしていいと思います。
    でも、どうか。
    命に関わる危険を感じられた時は。
    その直感を最優先にして下さい。
    命があってこその・・・人生です。
    どうかどうか。
    くれぐれも生きることを一番に選択して下さい。

    読んで下さりありがとうございました
    どうかどうか、皆様、くれぐれも心身お大事にして下さいね
    秋めいてきて、肌寒さも増してくると思います
    どうぞお体お気をつけて下さい
    ありがとうございました












    ようやく秋の気配となりました

    • 2013.09.06 Friday
    • 16:50
    評価:
    椰月 美智子
    双葉社
    ¥ 630
    (2012-10-11)
    コメント:個性豊かと言ってしまえばそれまでなのですが。それだけでない、惹かれずにはいられない女子が次から次へとでてきます。そしていつの間にか、一緒に笑ったり怒ったり悲しんだりしていました。本を読む楽しさを久々に味わいました。

    暑いというより、「熱い」猛暑がようやく少しずつ和らぎ
    高く見える空や、朝夕の涼しさや、夜の虫の鳴き声に、秋の気配を感じるようになりました

    長く更新できなくて申し訳ありませんでした。
    季節の変わり目で欝が重くなったり、猛暑にやられたり、夏休みで子供がいてバタバタしたり、あげくの果てには右手の指を負傷しまして。
    家庭用のカキ氷を作るスライサーで、ちょっと・・・ザクッと・・・。
    かろうじて残ったお肉の部分が今、頑張ってくっつこうとしている状態です。
    傷自体は小さいのですが、色々と不便を感じます。
    指のありがたみを改めて痛感する日々です

    DVの事件は、春も夏も報道されて。
    その度に胸が痛み、悲しいやら悔しいやら・・・
    完全に暴力を失くすことは無理かも知れなくても、減らすことは可能だと思います。
    体罰家庭内暴力に対しての甘い認識を考え直す時期だと思います。
    「昔、自分もそうされたから」
    「そういうものだから」
    「これが普通だから」
    ではなくて。
    辛いことですが、
    「間違っていたんだ」
    と気づくことが、必要とされていると思います

    暴力を使わなくても、コミュニケーションはできます。
    ただ、忍耐や我慢や信頼が必要になります。
    暴力を選ぶのは、それが面倒くさいからです。
    その方が、楽で手っ取り早いからです。
    もしくは、他の方法を知らないからです。
    では、他の方法を学べばいいのではないか?となっても、難しい。
    方法を学ぶだけでは不十分で、暴力を選択する「自分」と、向き合わないといけないからです。
    それがしんどいから、嫌だから、パートナーを始め家族に矛先を向けて、ごまかそうとします。
    心の傷をそのままに、パートナーや家族を犠牲にして、傷の痛みを忘れようとします。

    「恋人になったから」
    「結婚したから」
    「家族になったから」
    何処までも甘えていいんだと、何をしてもいいんだと、何をしても許されるんだと。
    何でもしてもらえるんだと、僕・私だけのモノになったんだと、僕・私の言うことは聞いて当然だと。
    どんどん、どんどん、エスカレートしていきます。
    「僕・私をありのままに受け入れて、受け止めてくれる人が現れた」
    だから、
    「すべてを出しても、何をしても、嫌われないはずだ」
    という相手への「思い込み」「依存」が、DVを生み出すのだと思います。
    体罰も、同じだと思います。
    「自分は教えている立場だから、勝つためには何をしても許される」
    「生徒は、言うことを聞いて当たり前だ」
    「自分の命令に従わないなんて、相手が絶対に間違っている」
    例え熱心で、純粋な気持ちがあったとしても「思い込み」「依存」が増幅されれば、暴力がエスカレートする温床となり得ると思います。

    夫は、結婚した途端、スイッチが入ったと言いました
    「これで、何処までも甘えていいんだと思った」
    甘えてもいいのです。
    自分をさらけ出してもいいのです。
    でもそれは、対等な人間関係を保っていなければ、虐待につながります
    感謝の気持ちを持たないまま、当然だとばかりに権利を振りかざし、威張りながら寄りかかってばかりでは、相手は押しつぶされて、小さく小さく溶けていくばかりです。
    これは、強烈な人権侵害です。

    身体的であれ、精神的であれ、暴力は許されることではありません。
    暴力を選択せずにはいられないのならば、その方自身が自分自身の問題と向き合い、何とかしていかなくてはなりません。

    暴力を振るわれていい人間は、一人もいません。
    精神的に追い詰められていい人間も、いません。
    どうかどうか。
    この世界で、
    「私はダメな人間なんだ・・・」
    「私が悪いから、こんな目に遭うんだ」
    「僕が至らないから、ののしられるんだ」
    と思い込んで、息を潜めるようにして、生きておられる方・・・どうか、どうか
    ご自分を責めないで下さい。
    暴力を選択する方が間違っているのです。
    あなたが悪いのではありません。
    あなたという存在は、暴力で踏みにじられていい存在ではありません。
    あなたという輝きを誰も侵害してはいけないのです。
    あなたは、輝く権利があります
    生きて、自由に呼吸して、高らかに歌い、笑う権利があります
    外へ羽ばたく権利があります
    今は、自己肯定感を乗っ取られているだけです。
    暴力を選択している相手の自己肯定感が低いので、あなたの自己肯定感に寄生しているのです。
    時間はかかりますが、必ずあなた自身を取り戻すことはできます
    あなたに戻れる日は、訪れます
    「このままの私でいいんだ」
    と、笑うことのできる日は、やって来ます

    「そうか、今は、暴力によって自己肯定感が低くなってしまっているんだな・・・。そんなに辛い目に遭ってきたんだな」
    ご自分を抱きしめて、今まで頑張って生きてこられたことをいっぱい褒めてあげて下さい
    生きているだけで、すごいことなのです
    生きておられるだけでも、暴力と闘ってこられた証なのです

    どうかどうか、くれぐれも心身お大事にして下さいね
    いつもありがとうございます
    読んで下さりありがとうございました
















    「手のひらの砂漠」を読みました

    • 2013.05.30 Thursday
    • 14:33
    評価:
    唯川 恵
    集英社
    ¥ 1,575
    (2013-04-05)
    コメント:真摯にDV被害というものを取り上げながら、物語として読者に最後まで読ませて惹き付けるということは、とても難しいことだと思います。しかしこの作品は、それをしっかりと静かに成し得ていて。それだけでなく、読む者の心に色々な種を残してくれる気がしました。

    「手のひらの砂漠」(唯川恵著、集英社、2013年4月)
    新聞の広告で気になっていて、図書館で借りて読みました

    物語は、暴力を受けて呆然としている状態の女性が、ハッ、と。
    何かに、気づくことから始まります
    どうしようもない状況にさらされている彼女の心に届いたのは、生きようとする魂の叫びだったのか、目に見えない大きな存在の慈悲だったのか、彼女の肉体の細胞一つ一つの力だったのか。
    とにかくその時から、彼女の「気づき」が始まり、「闘い」が始まります

    一気に読んでしまいました
    物語としても、とても面白かったです
    DVについて、誠実に真正面に書かれているのですが、登場する女性の優しさや悲しさが真っ直ぐに伝わってきて、胸がいっぱいになりました

    DV被害者の気持ちや思考についても、とても詳しくて。
    素直に静かに、
    (そうなんだよね・・・・・。)
    と、思うことができました。
    DVについて書かれている小説や取り上げられいるドラマで、
    「ああ・・・そんなに単純で簡単なことじゃないのに。」
    と、感じることが時々あるのですが、この小説ではありませんでした

    「私の場合は、こうだったの・・・。」
    と、語る登場人物のお話が、とても共感できるというか。
    とても大それた贅沢な夢を望んでいたわけではない。
    ただ、平和な家庭が欲しかった。
    暴力のない、日常を望んでいた。
    普通に会話をして、対等に話し合いのできる世界を求めていた。
    気持ちが通い合う、話の通じ合う相手だと信じたかった。
    ただそれだけだったのに、叶わなかった。
    そして、悩み、責めるのです。
    「自分の何がいけなくて、相手をそこまでそうさせてしまったのか。」
    「どうして、もっと早く気づかなかったのか。」
    それでも、太陽を浴び、風を感じ、土を耕し、草花に触れ。
    彼女達は、再び笑顔を取り戻していきます。
    萎れた花が、もう一度咲くように
    枯れた草が、もう一度根を張り、芽を伸ばすように

    新しい出会い、喜びもあります。
    「生きたい」と心から思い、幸せを感じられる瞬間もあります。
    愛し、愛され、満たされる瞬間も生まれます。
    認められて、生きていていいんだと、自信を取り戻す時も訪れます。

    それでも、執拗に残酷なDV加害者は、追ってきます
    諦めるDV加害者もいます。
    変わることのできるDV加害者もいるでしょう。
    でも、どうしても自分の弱さを受け入れらない、自分の至らぬところを認められない、責任転嫁と現実逃避から逃れられない存在が、在る。
    この小説には、不幸にも、主人公の可穂子(かほこ)の夫の雄二(ゆうじ)が、そうでした。
    後半になるにつれ、物語は、サスペンス物語の要素が強くなっていきます

    用意されている結末は、フィクションだから許されるのでしょう。
    それでも私は、思います。
    毎日のように報道される親密な関係において起きる傷害、殺人事件。
    小説の中の雄二は、現実にいるのです
    誰なら、雄二を止められただろうか。
    誰なら、雄二を説得できただろうか。
    誰ならば、雄二を押しとどめて、改心させてくれただろうか。
    「〇〇さんは、あなたのモノじゃない。」
    「〇〇さんは、お前のために生きているんじゃない。」
    「君は、君自身と向き合い、君の問題を君自身で引き受けないといけない。」
    「あなたが不幸に感じることはすべて、あなた自身が感じていることで、〇〇さんが招いたことでも原因でもない。」
    誰の言葉なら、雄二の心に届くというのでしょうか。
    小説の主人公、可穂子は、誰も何もできない・・・そう、悟ったのでしょう。
    そして、一人静かに決意をしたのだと・・・思うのです。

    暴力を振るう時、加害者は、独特の目をします
    精神的暴力でも、身体的暴力でも、子供のいじめであっても同じだと思います。
    何処までも冷たく、見下した視線。
    人間ではない、「モノ」を見るような。
    人が人に暴力を振るう時、誰しもそのような目になってしまうのだと思います。
    私は、小説の中で、可穂子がその目を思い出す度、
    (ああ、私も、その目を知っているなあ・・・・・。)
    と、思いました。
    そして、思うのです。
    そのような「目」を相手がした時点で、もう「夫婦」でも「家族」でも「恋人」でも「友達」でもないのです。
    悲しいけれども、そうなのだと思います。

    物語の中で、可穂子を追い詰める雄二は繰り返し言います。
    「愛しているんだ。」
    「お前は、僕の妻なんだよ。」
    私は、可穂子は、優しいなあと思いました。
    その言葉に対して、他の言葉で言い返していたからです。
    私なら、
    「あなたは、私を愛していない。そんなの、愛なんかじゃない。」
    「本当に妻と思っているのなら、暴力なんか振るわない。奴隷か調教のいるペットと思っているんだ。私は、人です!」
    と言って、ものすごく怒らせてしまうのだろうなあ・・・・と、思います
    似たようなことを夫に言ったことがあるのですが、よく殺されなかったなあ・・・と、今になって背筋が冷たくなったりしました
    夫は、その時とても腹が立ったし、
    ”妻のくせに、どうして俺の意見と違うことを言うんだ”
    ”夫婦なんだから、同じ思いでいなきゃおかしいだろう”
    ”愛しているから、教えてやっているんだろうが”
    と、思ったそうです。
    たまたまDV加害者更正教育プログラムに通っていた時で、色々な「気づき」が芽生えていた状態だったので、キレないでいてくれたそうです。

    可穂子は、愛情深い女性です。
    思わず応援してしまいたくなります
    暴力に苦しめられた過去を持ちながら、優しさを失わない様々な女性達との出会いも、心慰められ、勇気づけられます
    また、「男」に負けたくない、優位でいたい、なにより「女」でありたい。
    そのような特権意識を持ち続ける女性も登場します
    そして、暴力を振るわない。
    当たり前だけれども、そういう男性も登場します

    もしも読むことができるようでしたら、読んでみて下さい。
    でも、トラウマを起しそうで怖いようでしたら、どうか無理しないで下さいね。
    私も、ようやく・・・たまたま、今だから読むことができたのだと思います
    中々DVを理解してくれない方に、この本を薦めることは、有効な手段になるかも知れません。
    小説として十分面白いので、推理小説好きの方なら読んで下さると思います。
    サスペンスドラマ好きな方にも、オススメです。

    今日も読んで下さり、どうもありがとうございました
    梅雨に入り、ジメジメした日が続きそうですね
    雨降りは、風水では水毒が流されるラッキーなことらしいですが、心身症を患う身には気圧の変化が体にこたえます
    皆様も、どうかどうか、くれぐれも心身お大事にして下さいね
    いつも思っていることですが・・・。
    この小説を読んで、より一層願いを深めました。
    どうかどうか、皆様
    ご自分の心身、命を一番に考えて、お守り下さいね
    どうかどうか、ご無事で生きていらして下さいね
    心から、心から、願います
    そして、一つでも多く、暴力が手放される世界になりますように
    心から、心から、祈ります
    どうもありがとうございました
















    自分の身体を知る大切さ

    • 2013.05.23 Thursday
    • 10:10
    評価:
    小林 豊
    ポプラ社
    ¥ 1,260
    (1995-12)
    コメント:戦争が起きるということは、必ず訪れると信じていた「ありふれた日常」が来なくなること。そばにいて当たり前だった家族が、そばにいなくなること。最後のページを読んで、そう思いました。憲法改正が話題になっていますが、大きな暴力が戦争だと感じる私にとって、改めて平和の大切さを感じた絵本でした。

    初夏の爽やかな風に喜んでいたら、また冷え込んだり、今度は急に暑くなったり
    今年は、一段と目まぐるしいですね。
    太陽からの紫外線も、日に日に勢いを増していて痛いくらいです
    イネ花粉にとても弱い夫は、黄砂情報にも怯えながら、マスクと薬で対抗して頑張っております
    子供は運動会を控えて、炎天下の中、練習・練習の毎日。
    ヘトヘトで帰ってきます
    私は、ずっと続いている頻脈が辛くて辛くて、色々と調べてもらっていました

    DV被害を受ける前から、健康診断に関心がめちゃくちゃあったわけではないのですが。
    DV被害を受けてからは、ますます自分の「健康」ということに、関心がなくなり。
    不調が当たり前というか、しんどい状態を我慢してナンボ、と、いいますか
    この生きづらさ、重々しい感じが「普通」
    何ともいえない息苦しさ、ドキドキする不安が「在って当然」
    そういう日々が、あまりにも長過ぎたので、自分の不調の原因を突き止めようと思いもしないでいたのですが。
    今年に入り、いくら何でも辛いなあ・・・・ということで、色々検診を受けることにしました

    このことは、私自身が、今まで「夫」基準だった思考が少しずつ改善され、自分の痛みや苦しみに目を向けることが出来始めたからかも知れません。
    私は、ずっと・・・・・自分自身が許せませんでした
    DVに気づくことが出来なかった。
    子供を巻き添えにしてしまった。
    そのことに関しては、夫に対してではなく、自分を責める気持ちが常に渦巻いていました
    多分、今でもその気持ちは在って、自分自身を殺意すら持って、見ている瞬間がある気がします
    でも、その時、その時。
    過去の私は必死で、一生懸命で、未熟ではあったけど、頑張っていたのだ、と。
    わけの分からない大きな混乱の中、懸命にもがいて、溺れながらも浮き上がろうとして。
    何とか生きようと、何とか善くしようと、何とかしなくちゃと、何とかならないものか、と。
    ひたすら頑張って頑張って頑張っていたのだと。
    過去の自分を見ることが、少しずつ出来るようになってきました。
    今、もしも過去に戻ることが出来るのならば。
    夫のために死のうとして、一人きりでアパートの隅で泣いている自分の元へ行って、
    「よく頑張ったね、死ななくていいんだよ、辛かったね・・・。」
    と、抱きしめて、許してあげたいです。
    自分自身の自責感からも、夫からの攻撃からも、周囲の色々な意見からも、そっと守り、許してあげたいです。

    脈拍が120を超えて、とても苦しい時。
    私は、自分が「ここ」にいる限り、常に「警戒アラーム」が鳴っている状態になってしまっているのだと気づきます。
    何処に行こうが、何をしていようが。
    「夫といる生活」を選択していることで、私の中の「警報器」は鳴り止まない状態になっているのです。
    検診で、私の脳に動脈瘤が二つ見つかりました
    頻脈の原因では、ないそうです。
    年齢的に一つ二つ出来てもおかしくないらしいのですが、4mmと3mmの瘤が仲良く動脈を挟んで対称的にくっついている形は、珍しい方だそうです。
    1cm以上なら即手術、5mmから手術を検討するらしいのですが、手術しにくいところでもあり、大きくなりにくく、破裂の可能性も低い箇所ということで、経過観察になりました。
    半年後に、また血管造影剤を入れてCTを取ります。
    家族なのだからと、子供にも話しました。
    「お母さんがしゅじゅつになったら、こわいお父さんと二人きりになっちゃう!!」
    話の前半で、そう叫ぶ子供に、私は胸を締め付けられました
    「大丈夫だよ、手術にはならなかったからね。大丈夫、お母さん、そばにいるよ。」
    子供が落ち着くまで抱きしめながら、私は、しみじみ思いました。
    私だけじゃないんだ
    「警戒アラーム」が作動しているのは、この子も一緒なんだ

    子供が、学校で家族を紹介する文章を書く時。
    お父さんの時は、いつも一緒です。
    「こわいけど、やさしいです。」
    「こわくなる時もあるけど、やさしいパパがすきです。」
    「時々こわくなります。いつもはやさしいです。」
    前ほどの爆発はなくても、小さな揺さぶりを何度も繰り返しているので、子供の記憶に残ってしまっているのです。
    そういう時、私は、自分の選択にとても迷い、悩みます
    私は、諦めていた「健康」を取り戻さなくてはなりません。
    放棄していた、自分の身体のことを気にかけ、良くしていかなくてはいけません。
    「警戒アラーム」の要らない日常を手に入れるために。
    今は、静かにそう思います

    DV被害に遭った方のために書かれた本の中に、「健康診断、人間ドッグを受ける」をオススメしているものがあったことを思い出します。
    動脈瘤はDVと関係ないと思いますが、自分の身体の状態を知ることは、とても大切なことだと思います。
    こんなに私の身体、頑張っていたんだ・・・と、気づくこともあるかも知れません
    あんなに大変だったのに、私の身体よくこらえていてくれたなあ・・・と、感動することもあるかも知れません
    何も悪いところが見つからなかったとしたら、それはそれですごいことです
    日常的な暴力にさらされても、必死に耐えて乗り切った体をいっぱいいっぱい労わって褒めて、感謝して、ご自分を大切に抱きしめてあげて下さい

    今日も読んで下さりありがとうございました
    暑さが増して、熱中症になりやすい時季だそうですね
    くれぐれも皆様、お体にお気をつけて下さいね
    どうもありがとうございました














    開けられない窓から思うこと

    • 2013.04.09 Tuesday
    • 10:43
    評価:
    葉方 丹,ひまわりをうえた八人のおかあさん
    岩崎書店
    ¥ 1,575
    (2012-08-10)
    コメント:書店で読んで、泣きそうになりました。この絵本を読んで、震災の経験がなくても、知ることって必要なのだと思いました。いのちは、やはりかけがえのないものだと、強く感じました。

    私の住む地方では、桜も葉桜となりつつありますが、風に当たるとまだ肌寒い感じがします
    しかし。
    子供達には、春どころか初夏が訪れているのでしょうか。
    公園で遊ぶと、汗をかきまくり。
    冷え性の私なんぞは保冷剤扱いで、我が子だけでなくそのお友達にも、
    「〇〇ちゃんのおかあさんの手、チョーつめたい、きもちいいッ!!」
    と、大人気でした
    良かったよ、冷え性が役に立って・・・・・と、生温かい眼差しで子供達を見守っておりました

    まだまだスギ花粉やヒノキ花粉、黄砂やPM2.5の心配をしなくてはいけない時期ですので、洗濯物を室内干しにしたり。
    窓の開け閉めを少なくしたり、帰宅した時に花粉よけスプレーをしたり、外出の時にマスクをしたり・・・と気をつけております。
    そうやってみて、つくづく感じることがあります

    今、日本には、放射能を心配して、窓の開け閉めを少なくしたり、外出時にはマスクをしたり、洗濯物を室内に干したり、子供さん達の外遊びを制限させざるを得ない生活を強いられている方々が、まだまだ多くおられます。
    花粉相手ならば、花粉が飛散する限られた時期だけですが、放射能相手では、いつまでそのような生活を続ければいいのか、先が見えません。
    専門家のアドバイスは、あくまでもアドバイスであって、最終的な選択は個人にゆだねられます。
    公共機関の情報も、あくまでも情報開示や参考意見であって、最終的な判断は個人に任せられます。

    息の詰まるような生活です
    たった一ヶ月近く、花粉を防ぐためにそのような生活をしただけで、私は悲鳴を上げそうになりました。
    子供が外に遊びに行く時に、
    「マスクしてね!」
    と、叫ばずにはいられない日常。
    花粉や黄砂飛散情報を見て、洗濯物を外に干すことを諦めて、中に干す毎日。
    お日様の下に、堂々と干したいのにできない切なさ。
    わざわざ教えてくれる情報ではないので、地方自治体のHPを検索してPM2.5の数値を確認する日々。
    閉め切られた空間。
    風の通らない部屋。
    よどむような、息苦しくなるような、何ともいえない威圧感

    「花粉は仕方ないもの。毎年じゃん。外に干して中に入れる時に、パッパッって払って済ませちゃう」
    「黄砂やPM2.5は、気にしない。本当に健康被害が出るような数値なら、テレビやラジオ、市の広報で知らせるでしょう。そうしないなら、大丈夫なんだよ」
    そう言って笑う方々と会うと、私の中で、別の威圧感が生まれます。
    私が、気にし過ぎなんだろうか?
    私だけが、おかしいんだろうか?
    ドキドキして、不安が大きくなり始めます

    「閉め切った家にいると、おかしくなりそうになる?テレビ見たり、ゴロゴロしたり、好きなことしていれば気にならないよ」
    「なら、外に出ればいいのに。病気で働けないって言っても、ボランティアに参加するとか、何でもやろうと思えばできるよ」
    そう言って励ましてくれる方々と会うと、私の中で、また別の不安が生まれます。
    私が、気にし過ぎなんだろうか?
    私だけが、おかしいんだろうか?
    ドキドキ、ギューッと胸が締め付けられて、不安と恐怖が大きくなります

    閉め切った、風も入らない室内は苦手です
    夫が暴れても逃げられなかった日々を思い出します。
    泣きながら、腰を抜かして、部屋中を這っていたことを・・・ぼんやり思い出します。
    泣き叫ぶ子供を抱きしめて、「ごめんね、ごめんね、こんなお母さんで、ごめんね」と、泣いていたことも思い出します
    外に行けず室内でやんちゃに遊ぶ子供に、イライラが高まる夫の様子や。
    その夫の様子に怯えて、どうしよう、どうしようと、ドキドキしていた自分を思い出します。
    怒りたくないのに。
    遊ばせてやりたいのに。
    子供をおとなしくさせよう、おとなしくさせなきゃと、どんどん怯えてそうせずにはいられなかった自分を思い出します

    こういう経験がある私は、やはり・・・心配し過ぎで、不安も大きいのでしょう
    気にし過ぎなところもあるし、気にしない方から見れば、違和感がある存在なのかも知れません
    それでも、花粉症がひどくなり、夜も眠れなくなる家族を守るために。
    極力、努力したいと思うのです
    そして。
    閉め切った室内に、不安や威圧感や何とも言えない違和感を感じることは、想像力を育ててくれました
    そういう生活を強いられている方々の気持ちや、苦しみ、辛さ。
    100パーセント理解することは無理でも、どんなに大変だろうと、思いを馳せることはできるようになりました

    少し前ですが、東日本大震災の被災地で、DVが増えているという調査結果が発表されました。
    仮設住宅で、それまで大家族だった世帯が夫婦だけになったりして、人の目が少なくなったことにより暴力に走りやすくなった
    職を失った夫が常に家にいるようになり、暴力にさらされる時間が増えた
    震災の復興が長引き、夫婦の考え方の違いが大きくなり、暴力が生まれるようになった・・・などなど
    色々な要因が取り上げられていました。
    放射能のことでも、家族を守るために放射能に気をつけていることが、夫婦の口論の元になったり。
    友達の間でも、放射能の話題を避けるようになったり。
    私が、気にし過ぎなんだろうか?
    私だけが、おかしいんだろうか?
    そう、感じてしまう方々がおられるそうです。

    DVも。
    被害に遭うと、いつの間にか、そう思うようになります
    「男って、そういうものですよ」
    「どんな夫婦にも、問題はあるものだ」
    「受け止めて支えて励まして、時に煽てて。そうすりゃ男は素直だから、ホイホイ動くよ。うまくやりな」
    「それは、あなたがねえ・・・・。男性を追い詰めるようなことをしてはいけません。そっとしておいてあげなさい。暴れる時?いいじゃないですか、家の中ぐらい、自由にさせてあげなさい。外で戦っているんですから」
    自分が感じる違和感を訴えれば訴えるほど、色々な方々に諭され、励まされ・・・・。
    私が、気にし過ぎなんだろうか?
    私だけが、おかしいんだろうか?
    そう、思うようになってしまいます

    それでも、どうかどうか。
    どんな方も、どうか・・・・。
    苦しくて、辛くて。
    孤独で、泣きたくて、しんどくて。
    切なくて、悲しくて。
    こんな思い捨ててしまった方が、どれだけ気が楽か。
    こんな「自分」投げ捨てて、流されてしまった方が、どれだけ周りと波風立たずに生きていけるか。
    「困った奴」「また、始まった」「学習しないなあ」「空気読めよ」と、舌打ちされないで済むか。
    チラリと見て、ため息つかれないで済むか。
    それでも、どうかどうか。
    どんな方も、どうか・・・・。
    ご自分の違和感を大切にして下さい
    ご自分の「声」を聴いて下さい
    ご自分の感情を守って下さい
    私も、落ちこんだり、メソメソしたり、へこたれそうになりながらも。
    人の言葉に一喜一憂しながらも、生きていきます。
    自分の感覚を・・・二度と手放さないように、生きていきます。
    どうか、どうか
    ご自分を・・・・手放さないで下さい

    読んで下さり、ありがとうございました
    まだ日が落ちると冷える時季ですので、くれぐれも心身お大事にして下さいね
    ありがとうございます














    春が少しずつきていますね

    • 2013.02.27 Wednesday
    • 11:41
    評価:
    谷川 俊太郎
    アリス館
    ¥ 1,365
    (2012-10-18)
    コメント:ゆっくり自分と対話する感じがします。書き込み式の本です。ひらがなの「すき」は子供さん、もしくは幼い自分を思い出しながら。漢字の「好き」は今の自分にしても素敵かも、と思います。

     寒くて寒くてたまらないと思っていたら、雨と共に春の気配がチラホラと・・・
    私の苦手なスギ花粉の気配も、何となく強くなってまいりました
    今年は多い上に、大気汚染の影響でさらにパワーアップした花粉となると聞きました。
    贅沢ですが、保湿ティッシュの力を借りる時季到来です

    いつも読んで下さりありがとうございます
    今年は、少しずつでも更新したいと思いつつ、遅めとなってしまいすみません
    去年の秋から息切れがひどくなり、頻脈ということで、薬を飲むようになりました。
    脈拍が速くなる症状なのですが、これが苦しいのです。
    少し歩いただけで、
    「フー、フー、フー、フー」
    階段を上ったら、
    「ハア、ハア、ハア、ハア」
    最終的には話すだけで、心拍数が100を越えていました。
    私のように精神的な病を抱えている場合、自律神経が不調であるので、脈が速くなる症状も出るそうです。
    夫がDVを繰り返すようになった時期と、症状が重くなった時期が重なっていることもあるので、人間の身体って、本当に正直なんだなあと思いました
    お医者さんの話では、
    「今は心臓に病気の兆候はないけど、このまま心拍数が上がったままの生活は辛いだろうし、心臓に負担もかけてしまうから、脈拍を落とす薬を処方しますね」
    ということでした。
    おかげさまで、最近は、軽い散歩くらいはできるようになりました。
    とても嬉しいです

    「体罰」という、学校内における一方的な支配者からの暴力について、最近よく報道されるようになりました。
    子供が小学校に入り、
    「うわあ・・・」
    と思ったことがあります。
    私の時代とあまり変わらない・・・ということです。
    教えられている内容や教材は、もちろん新しく、時代に合ったものになっています。
    変わらないのは、先生方の意識です。
    もちろん、多くの先生方は、暴力をふるいません。
    とてもお忙しい中、子供達のため、学校のため、地域のため、必死に働いて下さっています。
    暴力をふるうのは、ほんの一部でしょう。
    私が、変わらないなあと思い、寂しく感じたのは子供への視点です。
    「上から目線」。
    これは、親子の関係、夫婦の関係でもいえることなのですが、対等に見られないということは、とても寂しいことです
    何故なら、敬い、尊重されないことにつながりやすいからです。
    そして、どうしても「モノ扱い」されやすい状況を生み出しやすくなります。
    そうすると、言葉扱いがぞんざいになりがちです。
    例え言葉扱いが丁寧でも、威圧的な含み、支配的な雰囲気を出しやすくなります。

    「何でもない、そんなこと平気」
    そういう方々もおられると思います。
    「社会に出れば、そんなことばかりなんだから。学校で鍛えてもらってちょうどいい」
    そういう方もおられると思います。
    でも、本当は。
    「上から目線」だらけの社会の方が、おかしいのです。
    「対等な関係」を目指す社会の方が、進化した人間社会なのです。

    私は、自分がDVに遭わなければ、きっと、
    「働きに出れば、怒鳴られたり威圧されたりが普通のことなんだから。学校で起きることは、一つ一つが大切な経験だよ。負けずに強くなるチャンスだと思って、お母さんも支えるから乗り越えていこう」
    と、我が子に言っていたと思います。
    でも、わが身に起きた経験を通して、肯定される暴力はないと知りました。
    許される暴力や支配もないと気づきました。
    だからこそ、ものすごくもったいないなあ・・・と、思うのです

    学校で、対等な人間関係について、先生方が実践・実行してくれることは、子供達にとって大きな財産になります。
    将来の社会を変える、暴力を少しでも減らす大きな力になります。
    どんな家庭で生まれ育ったとしても、学校で、自分も相手も尊重する教育を受け。
    暴力に頼らないコミュニケーションを教えてもらい。
    対等な人間関係を築く心地よさを感じ、吸収する。
    そうやって育つ子供達は、暴力に対して居心地の悪さを知ります。
    対等でない関係、尊重されない言動に対して、敏感になります。
    「こういうものだ」
    と、諦めて受け入れて、それを当たり前とすることが少なくなります。
    「おかしいものは、おかしい」
    「この違和感は、何だ」
    「対話して理解したい」
    「私は私、あなたはあなた。それでも、何処かでつながることはできるだろうか」
    そんな大きなチャンスを・・・・学校は、教育は持っているはずなのに。
    とても、もったいないなあと思うのです。

    私の子供は、悲しいくらい感知してしまいます
    「おい、そこ」
    と呼ばれたことで、ショックで一日休んだこともあります
    甘えている、とか。
    弱い、とか。
    そう批判されることもあるでしょう。
    けれども、今は、子供にとってそれくらい辛いことなのです。
    子供が自分自身の力で乗り切るか、立ち向かえる日まで、私は子供を守っていきます。
    ですから諦めず、先生にも丁寧に言葉を紡いで、子供の心の傷のことも、人権のことも話し、名前を呼んで注意して欲しいことも伝えていきます。
    幸いなことに、伝えることで理解しようとしてくれる学校であることが、救いだと思っています

    家庭とか、学校とか、会社とか。
    不思議ですよね。
    人に対して街頭で同じ言葉使いしたら、誰もがムッとするか、「何、この人?」と訝しがられるであろう言葉や態度も、許されたりする雰囲気がありますものね。
    それが深い信頼関係からくる、愛情表現なのか。
    そうでないのか。
    その線引きは、とても難しいかも知れません
    私はその線引きにまだ自信がないので、誰にもなるべく丁寧に接するようにしています。
    一度バラバラに壊れてしまった「自信」や「自己肯定感」は、修復することも獲得することも、とても時間がかかるのだなと感じています。
    それでも生きている限り、一つ一つ積み上げていくしかないのだと思います

    今日も読んで下さり、ありがとうございました
    気温の差が激しいようですので、くれぐれもご自愛下さいね
    どうもありがとうございます











    新年を無事に迎えました

    • 2013.01.07 Monday
    • 16:59

    2013年になりました
    無事に一年を迎えられたことが、とても有難く不思議な感じがします。
    私の場合の「無事」は、「生きていること」
    「私」が「私」を感じられる部分が在ること
    それだけで、とても幸せなことなんだなと思います

    去年後半、NHKでやっていたドラマを見ました。
    「シングルマザーズ」というドラマで、沢口靖子さん主演のシングルマザーの方々の様々な状況を取り上げられた番組でした。

    その中に、DV加害者更正教育プログラム受講者という男性が登場していました。
    とても夫と重なる部分があり、見ていて辛くなる場面もあったのですが、DV加害者更正教育プログラムを受けている方の生々しい姿が、とても表現されていたと思いました
    苦悩する様子、闘っている様子、傷ついている様子。
    理解しようとしても理解できず、変わろうと努力しても中々変われない。
    スイッチが入ると、あっという間に元に戻ってしまい、そうなると戻り方を忘れてしまう、抑えることができなくなる。
    「自分ばっかり」
    「こんなにしてやっているのに」
    「あっちも悪いのに」
    自分の痛みや、悲しみ、寂しさに囚われてしまい、相手の痛みや悲しみ、苦しみを思いやることが出来なくなってしまう。
    ドラマの中の方は、DV加害者更正教育プログラムを受講しながら、自分自身と向き合い続けることを誓っていました。
    暴力を手放すことは、長い長い時間が掛かることなのだなあと、ドラマを見ながら思いました
    特権意識を手放すことは、本当にしんどい作業なのだなあとも、思いました

    それでも、私は、DV加害者更正教育プログラムは、DV被害者の命を守るためには必要だと思います
    逃げても・・・。
    いつ何時見つかって、再び暴力をふるわれるかも知れないと怯えながら暮らす・・・・・。
    本当は、そんなことはあってはならないことだし、許しても、黙認してもいけないことだと思います
    「どんな時も、油断しないで」
    と助言するしかない。
    それは・・・・あまりにも、切ないです
    言う方も、言われる方も、辛いです
    せめて、殺される危険性を少しでも減らすために。
    DV被害者の命を守るために、DV加害者更正教育プログラムが普及されて欲しいと思います。
    もう一度、パートナーとやり直すためというよりも・・・。
    消されそうな命を守るために・・・・と、ドラマを見ながら思いました

    たまたま、オランダで同性の方と結婚をされた日本人男性の番組を見ました。
    その番組を見て、どうして同性同士の結婚が認められていないのかな?と、改めて考えたりしていました。
    そんな時、朝日新聞のある記事が目にとまりました。
    その記事は、平和の大切さを子供に伝えるにはどのようにしたらいいのか、詩人の谷川俊太郎さんにインタビューした内容でした。
    谷川さんは、人間も動物であり、闘争本能や守りたい領域があるのだから、自分と違うものを排除しようとする性質がある、と話されていました。
    人間は、それをコントロールできる力を持っている。
    だが、コントロールすることはできても、力を持つと、力で制しようとしてしまう。
    だから、戦争はなくならない。
    子供に平和の大切さを伝えるためには、家庭が平和であること。
    平和の居心地良さを知るからこそ、争いごとが起きた時、悲しく嫌な気持ちを感じられる。
    家庭で起きる喧嘩であっても、それが戦争につながるものを内包しているかも知れないのだと、伝えること。
    理解を深めるコミュニケーションを親が、子供に見せること、伝えること。
    そのことが、平和を教えることにつながるのでは
    と、話しておられました。

    DVがある家庭は、戦場そのものです
    それでも、だからこそ・・・。
    暴力は、間違っている手段なんだよ、と伝えること。
    暴力に頼らないコミュニケーションが、平和を守ることにつながるんだよ、と伝えること。
    そのことが、本当はとても大切なのだと、記事を読んで思いました。
    そして、違うものを排除する性質を持つ人間社会であるからこそ、どんな結婚も承認され、守られる法律が在ること。
    そのことが、本当はとても大事なのでは・・・と思いました

    谷川俊太郎さんが、
    「無常だからこそ、今ここに生きていることは奇跡的ですよね。
    死ぬことが悪いとは思っていないですけれど。」
    と、最後に言われた言葉を読んで、私は泣いてしまいました

    「無常」とは、すべてのものは常に変化して、とどまることはないという意味の言葉です。
    仏教の言葉ですが、人の世の変わりやすく儚いことをあらわす時にも使われます。
    人間は、本能的にそのことを知っているような気がします。
    だからこそ「絶対的なもの」とか、「永遠性のあるもの」を求めたり、「強い絆」を欲したりするのではないでしょうか。
    水島広子さんのトラウマの本を読んだ時、人間は忘れることで生きていくことが出来るのだと知りました。
    例えば、事故のニュースを見て、その時「怖い」と感じても、外出することができるのは、「”怖い”と感じた不安を忘れることができるから」だそうです。
    でなければ、起きるかも知れない事故を恐れて、外出することができなくなるからです。
    人間のこの力は、
    「まあ、いいか」
    「何とかなるさ」
    という言葉で表現することができるそうです。
    しかし、心に深い傷を負うと、
    「まあ、いいか」
    「何とかなるさ」
    という感覚を忘れてしまいます

    何処に危険があるか分からない。
    いつも緊張と不安にさらされ、人を怖れて警戒してしまう。
    何故なら、「まあ、いいか」で許されないことが、この世に在るということを。
    「何とかなるさ」では済まされない状況があることを・・・・骨の髄まで知り尽くしてしまっているからです。
    この感覚は、経験しないと分からない、とても理解が難しい感覚です
    トラウマが癒されていくということは、少しずつ、ゆっくりと、
    「まあ、いいか」
    「何とかなるさ」
    という感覚を取り戻していくことだそうです。

    今の私には、生きていることそのものが、勇気を振り絞って、ここに在ることで。
    落ち着いている今の状況が、再び地獄に陥るかも知れないという大きな不安と闘っていることそのもので。
    いつまで頑張ればいいのだろう、生きていればいいのだろう・・・と、悲しいのか切ないのか、悔しいのか分からない涙を流すことがあります。

    だから、谷川俊太郎さんの言葉を読んだ時、とても胸を打たれました。
    「まあ、いいか」
    「何とかなるさ」
    という感覚からは、まだまだ程遠い私ですが・・・。
    この世界は、「無常」。
    落ち着いたと思ったら、動揺することが起きて当たり前。
    いつ傷つけられるか分からないということは、いつ誰かに救われるか分からないということでもあるということ。
    何よりも、今までアレコレ遭った中。
    私が生きることを諦めずにこうして生きていることは、奇跡と表現して許されることではないだろうか
    もちろん、たくさんの方々の支えが在って生きていられるのです。
    とてもとても有難いことです
    そのことも、奇跡
    今、このブログを読んで下さっている方々に出会えたこと
    このことも、奇跡
    とてもとても嬉しいことです
    心からの感謝の気持ちでいっぱいです
    だからこそ、尊い奇跡に感謝して
    神様なのか、仏様なのか分からないのですが、
    「もう、いいよ。頑張ったね」
    と、言ってもらえる日まで。
    何とかして生きようと思います

    読んで下さり、ありがとうございました
    まだまだ寒い日が続きますので、くれぐれも心身ご自愛下さいませ























    PR

    calendar

    S M T W T F S
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031    
    << October 2017 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    recommend

    パパと怒り鬼―話してごらん、だれかに
    パパと怒り鬼―話してごらん、だれかに (JUGEMレビュー »)
    グロー ダーレ
    苦しみを抱え込み、助けを呼ぶこともできない方に・・・そんな経験をされた方に。そして、暴力を選択せずにはいられない方に・・・そうしてしまったことがある方に。読んでいただきたい本です。

    recommend

    対人関係療法でなおす トラウマ・PTSD
    対人関係療法でなおす トラウマ・PTSD (JUGEMレビュー »)
    水島 広子
    今自分の身に何が起きているのか、教えてくれる良書だと思います。

    recommend

    いのちってスゴイ!赤ちゃんの誕生―おなかの中のドラマと生きる力 (知の森絵本)
    いのちってスゴイ!赤ちゃんの誕生―おなかの中のドラマと生きる力 (知の森絵本) (JUGEMレビュー »)
    大葉 ナナコ
    子供さんと読むのも素敵ですし、ご自分のために読むこともオススメです。

    recommend

    麒麟館グラフィティー (1) (小学館文庫)
    麒麟館グラフィティー (1) (小学館文庫) (JUGEMレビュー »)
    吉村 明美
    切ないという言葉では、片付けられない、沢山のことが詰まった作品でした。

    recommend

    あなたは変われる―言葉や態度に傷つけられた心を救う本
    あなたは変われる―言葉や態度に傷つけられた心を救う本 (JUGEMレビュー »)
    グレゴリー・L. ジャンツ
    夫婦関係だけでなく、親子関係のDVで傷付いた方にも、共感できる部分がとても多い本だと思います。淡々とした文章ながら、力強いです。

    recommend

    recommend

    recommend

    アドラー博士の男の子に「自信」をつける育て方
    アドラー博士の男の子に「自信」をつける育て方 (JUGEMレビュー »)
    星 一郎
    男の子のお母さんだけでなく、女の子のお母さんが読んでも、参考になる内容です。

    recommend

    暴力被害者と出会うあなたへ―DVと看護
    暴力被害者と出会うあなたへ―DVと看護 (JUGEMレビュー »)
    友田 尋子
    医療関係者向けに書かれた本ですが、DV被害者の心理についてとても分かりやすく書かれています。

    recommend

    おかあさんがもっと自分を好きになる本―子育てがラクになる自己尊重トレーニング
    おかあさんがもっと自分を好きになる本―子育てがラクになる自己尊重トレーニング (JUGEMレビュー »)
    北村 年子
    子育てに生かしたいという思いと同時に、自分を肯定できる力を取り戻したくて手に取りました。アタリ!な本でした♪

    recommend

    傷ついたあなたへ―わたしがわたしを大切にするということ DVトラウマからの回復ワークブック
    傷ついたあなたへ―わたしがわたしを大切にするということ DVトラウマからの回復ワークブック (JUGEMレビュー »)
    レジリエンス
    DV被害に遭った方へのバイブルかも知れないと思っています。
    書き込み式ですので、書きながら気付くこともあると思います。

    recommend

    あたらしい自分を生きるために―アサーティブなコミュニケーションがあなたを変える
    あたらしい自分を生きるために―アサーティブなコミュニケーションがあなたを変える (JUGEMレビュー »)
    森田 汐生
    辛い時、勧めて下さった方がみえて読みました。少し気が楽になりました。DV加害者相手に効果は期待できないですが、自分のためにはなると思います。

    recommend

    DV・虐待加害者の実体を知る―あなた自身の人生を取り戻すためのガイド
    DV・虐待加害者の実体を知る―あなた自身の人生を取り戻すためのガイド (JUGEMレビュー »)
    ランディ バンクロフト
    DV加害者である彼が、恐れている本です。DV加害者に混乱するDV被害者のために書かれた本です。

    recommend

    DV・虐待にさらされた子どものトラウマを癒す
    DV・虐待にさらされた子どものトラウマを癒す (JUGEMレビュー »)
    ランディ バンクロフト
    彼と別居して癇癪がひどくなった子供を理解したくて購入しました。
    とても役に立ちました。

    recommend

    Q&A DVってなに?―この1冊でドメスティック・バイオレンスまるわかり
    Q&A DVってなに?―この1冊でドメスティック・バイオレンスまるわかり (JUGEMレビュー »)
    番 敦子,根本 真美子,中山 洋子
    とても分かりやすい一冊です。
    初めて読む方に最適です。

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM