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    DV加害者に期待してしまうこと

    • 2009.08.18 Tuesday
    • 15:13

    今日は、彼に期待してしまうことについて、書きたいと思います
    この場合の彼とは、一人の人間としての彼であり、男性としての彼であり、夫としての彼であり、子供の父親としての彼です
    DV加害者ではない「彼自身」に対して期待してしまうことです
    しかし、彼はDV加害者としての一面もあるので、残念ながら通じ合えない部分が生じてきます
    その通じ合えない部分は、彼の問題でもありますが、私自身の問題もあります
    私自身の問題とは、彼に対して、未だ言いたいことを明確に伝えることを避けてしまうことです
    彼に対するコミュニケーションに、恐怖心が在ることです
    ですから、伝える前に諦めることが多く、そのことが彼を甘やかすことになっていないだろうかという、葛藤もあります
    彼自身の問題は、彼が私に言うことと、行動が伴わない部分がまだ多く在ることです
    悲しいことですが、言われれば信じようとしてしまいます
    色々な目に遭っているのに、彼の言葉を今度こそ・・・と、信じようとする自分がいるのです
    彼に、まだ期待してしまうのです
    「奥さんに対して、一生償いの気持ちを持って、大事にする
    「奥さんの病気について勉強して、病気の苦しみを共感できるように頑張る
    「奥さんへの感謝の気持ちをいつも忘れないようにする
    「今度こそやり直して、家族の幸せな笑顔を守れるように努力する
    そう言われると、それだけの気持ちがあり、それだけの努力や頑張りや行動をしてくれるのかな・・・と、思ってしまうのです
    確かに、彼は努力して、頑張っています。
    私を思いやり、色々と育児も家事もしてくれています。
    なのに、どうして・・・私の違和感は消えないのでしょう
    彼に期待をしては、ああ・・・やっぱり・・・という、諦めが生じてしまうのでしょう
    私が求め過ぎているのではないか・・・と、また悩みます
     

    例えば、お盆休み中にこんなことがありました。
    私の実家に姪達が泊まることになりました。
    私の子供も、泊まりたいと言いました。
    私は、正直、子供がいない二人きりの夜が怖いと感じました
    私も、子供達の世話をする代わりに泊めてもらうことにしました。
    ちょうど、彼が仕事を持ち帰っており、その期限が迫っていたこともありました。
    彼もアパートで夜、仕事に集中したいだろうな・・・と、思ったのです。
    私自身も、彼が仕事を気にしてイライラし出す雰囲気になったら嫌だなあ・・・という思いがありました
    ですから、彼のためもありましたが、ほとんどは、私のために実家に泊まることを選択しました
    お盆休み最後の日の前の夜のことでしたので、子供にも、仕事を片付けてスッキリしたお父さんと、心置きなく遊べるようにしてあげたいという思いもありました
    彼は、私と子供が実家で寝泊りした夜。
    テレビを見ながら仕事をしていたため、仕事が終わらず大変だったそうです
    また、ちょうどテレビでやっていた世界陸上を夢中で見ていて、布団に入ったのが何時だったのか、夜中なのか、明け方なのか、記憶にない状態だったそうです
    翌朝、彼は、とても眠そうな辛そうな表情で、実家に来ました
    子供の相手は一生懸命していましたが、とても体調が悪そうでした
    午後からは、布団に倒れこんでしまい、夕方5時まで寝ていました
    珍しくイトコ達と夜更かしして、寝不足だった子供も、彼と一緒に昼寝をしていたので、育児などで困ることはなかったのですが・・・。
    私は、彼の熟睡している寝顔を見ながら、彼が、昨晩言った言葉を思い出していました
    「今晩、仕事をチャッチャッと片付けちゃうからね
    「明日は、バッチリ、奥さんを休ませてあげられるようにするからね
    「子供と過ごすお休み最後の日だから、張り切って早寝して、早起きするよ
    最初から、そういうことを言わなければいいのに・・・
    そうすれば、こっちも期待しないでいられるのになあ・・・
    私は、悲しくなりました
    ジワッと滲んできた涙を拭いながら、それでも・・・と、思いました。
    寝不足の彼が、子供の午前9時のモーニングコールに出て、30分後には飛んで来たこと。
    その後、子供達の子守を懸命に率先して、してくれたこと。
    以前の彼なら、言葉と裏腹な行動をしてしまった自分を隠そうとし、また、私に怒られるのではないかと恐れ、私に対して、
    「怒るなよー怒るなよー
    と、威圧したであろうに、
    今回はそうしなかったこと。
    求め過ぎてはいけないんだ。
    いつか、彼の言動が一致する時がくるだろうから・・・と、思い直すようにしました
     
    以前にも書きましたが、彼には、いつも理想の自分像があるそうです
    理想の自分と、現実の自分の差に、いつも打ちのめされ、あがいてしまうそうです
    今回のお泊りの一件も、彼は理想の自分を言葉にしたのだと思います
    でも、現実の彼は、そうしなかった。
    もしくは、そうできなかった・・・のか。
    それは、私には分かりません。
    しかし、彼の言動に振り回される自分が、あまりにも学習能力がないよなあ・・・と、我ながら情けないです
    だから彼と離れていると、彼の理想の自分像の言動に振り回されないで済むので、ホッとします。
    彼の言葉を信じてしまいそうな自分がいます
    彼の誠実さに真面目さに期待してしまう自分がいます
    それでも、彼は、DV加害者なのです。
    「やりたいことしか、やらない」し。
    「言いたいことしか、言わない」し。
    まだそうなのだ・・・と、自分を戒めて思うのです
    今度は、
    「できないことは、言わないで
    と、言える自分でありたいなあと思います








    「理想の私じゃないけど 大丈夫そうなんで」DV卒業の夢

    • 2009.09.10 Thursday
    • 14:40

    スピッツ新曲「君は太陽」を聴きました
    いいです!
    闇にハマっていましたが、抜け出ることが出来ました
    歌詞の中では「理想の世界」と歌ってみえますが、「理想の私」と題名には入れてみました。
    このまんまの私でも、大丈夫な気がしてきました。
    スピッツさんのすごい所は、澄んだ汚れを知らないキラキラしたイメージを持ちながらも、実は、とてもドロドロした暗い奥底から這い上がって、そこに到達しているような・・・深いメッセージが在る所です。
    表と裏、光と闇が在って当たり前で、でも、大事な心の中のキラキラは守っていこうねって、静かにさりげなく勇気づけられる気がするのです。
     
    「進藤先生、素敵!!」(ドラマ救命病棟24時の進藤先生です。カッコイイです)と、ときめくことの多い私ですが
    まあ、夢見たとしても、「救急車で運ばれるなら、進藤先生のところがイイ!」を語るくらいです
    「腕が良くても、澤井先生はイヤ〜」と、ぶーたれるくらいも、ままあります(すみません、大人げなくて・・・)。
    乙女心をお持ちの方は、「恋愛や結婚するなら、進藤先生がいい・・・」と、ウットリすることもあるかも知れません
    それもそれで、可愛らしい素敵な夢ですよね
    夢を描くことと、理想を抱くこと。
    両者が重なるイメージをお持ちの方も、みえるかも知れません。
    しかし、二つは違うのです。
    「やりたいと思う、将来の希望」を指します(他にも、「眠っている時に見るもの」「はかないもの」「現実的でない甘い考え」という意味もあります。私の進藤先生云々は、こっちですね)。
    理想「考えうる限り最善という状態、完全な状態のこと」です。
    つまり、夢は、「こうなりたい、こうしたい」という未来へ託す希望でありますが、理想は、「こうあるべき、こうすべき」という、未来を限定しかねない「完全な世界」という名の「大きな枠」なのです
    賢明な皆様は、お気づきかも知れません
    理想が大好きな存在・・・それが、DV加害者に多いということを
    私の夫も、大好きです
    「理想」なくして、人生何を語るって、カンジです
    私と結婚したのも、「理想のお嫁さんと会った・・・!」と思ったからだと聞きました
    聞いたのは、先週末ですが・・・・・
    「理想のお嫁さん」って、何でしょう
    彼の今までの語りをつなげますと、優しくて癒し系で、可愛くて綺麗で、よく気が付いて、誰にも愛嬌が良くて、気配りもできて、節約もできるがケチじゃなく、信念はあるが出しゃばらず、人前では常に一歩下がって夫を立てて、しかもソツなくさりげなくっ!(←ここがポイントです、わざとらしさが匂ってはいけないのです)、文句は言わずいつもニコニコ微笑み、夫に感謝し、子供を慈しみ、親を大切にし、それでいて「あなたがいなくなったら、私生きていけない・・・」と、夫の胸で泣き崩れて甘えるようなそんな、女性。
    すごいですねえ・・・
    私の何処をどうすれば、そう見えてしまったのかなあ?と思いますが、そう勘違いしてしまったのでしょう。
    優しくて癒し系のはずが、バンバン意見は言うし
    可愛くて綺麗なはずが、着飾るということには一切興味ないし
    気が付く、気配りができる、愛嬌が良いはずが、勝手に臨機応変に対処して、彼の希望に添わないこともあるし
    節約もできるがケチじゃないはずが、こだわるモンには金を出すし、お小遣いはくれるが、それ以上欲しがるとイヤそうな顔をする時があるし
    信念はあるが出しゃばらずのはずが、信念むき出しでガンガン前に出てくることが多いし
    人前で一歩下がって夫を立ててのはずが、彼を敬う態度はあるが、一歩下がっての精神からは遠いし
    文句は言わずいつもニコニコ微笑みのはずが、文句も言うし、ニコニコしていない時もあるし
    夫に感謝し、子供を慈しみ、親を大切にはずが、確かにそうはしている(と、思う)けど、彼がすべての基準ではないところがあるし
    「あなたがいなくなったら・・・」のはずが、確かに「長生きしてね」と言うし、甘える時もあるけど、まずは自分で頑張ってみてダメなら助けてもらおうかな〜みたいなカンジだし
    そりゃあ、理想を追い求めている彼からすれば、暴れたくなるでしょう彼基準からしてみれば。
    でも、それは、彼の一方的な「理想の妻」である「私」であって、本来の「私」ではありませんでした
    そして、私も、彼の「理想の妻」である「私」になることを・・・いつの間にか自分の中にプログラミングしてしまい、本来の「私」が壊れてしまったのだと思います
     
    彼は、自分自身にも「理想の自分」があります
    「男性は理想を追い求めるロマンがある、そういう生き物なんだ」と、誰かがテレビで話しているのを聞いたことがあります。
    自分で、追い求めて努力している分には、いいのです。
    しかし、努力もせずに、人に求めたり
    または、一緒に努力することを強要することは、ちょっとおかしくないですか?と、感じます。
    私は望んでいないのですよ、それはあなたの理想じゃない?あなたが勝手に追い求めるなり、頑張ればいいじゃないですか?という、話です
    すべての男性が、イチローさんや石原裕次郎さんである必要はないと思うのですが、それは私の意見であり、目指す自由は誰しもあると思います。
    しかし。
    何度も言いますが、パートナーの意志を無視して、自分の理想に巻き込むことは・・・んんん?と、思うのです
    パートナーの方が、ご自分の意志でOKだというのなら、それはそれでいいと思うのです。
    しかし、DV行為を駆使して、パートナーの意志そのものを叩き潰して、「お前も同じ理想を抱け、こうすべきだ、ああすべきだ」と、強制することは、大いなる人権侵害だと感じます
    しかも、DV加害者の理想は、「王様」です
    揺るがない権力者、家庭に君臨する「暴君」です
    何をしても許される、何をしても癒される、何をしても崇められる、何をしても自由な王様。
    時に、命さえも握りつぶすことができる。
    許されるはずがないのです、本当は、そんなこと。
    しかし、肥大する特権意識は留まることを知らず、そこまでも求めるようになるのです
     
    「理想」、「理想」です。
    進藤先生も言っていました。
    「有り得ない、完璧な人間なんて」
    それで、いいではないですか。
    抱くものは「夢」で十分です
    そのまんまの自分を抱き締めて、そこから出発して、
    「ああなりたい、こうしたい、あそこに行きたい」
    と、夢を抱きましょう
    理想の「あなた」じゃなくても、大丈夫そうなんで
    この世界そのものは、実は広くて大きかったりするので
    夢をいっぱい抱いて、生きていきましょう












    DV加害者の望むことの一つ

    • 2009.09.12 Saturday
    • 10:16

    DV加害者が望む究極は「私のことだけを考え動き、息をしろ」ということです。
    しかしそのためには、
    DV加害者は自分の思考を理解させ、方向性をDV被害者に教え込まなくてはいけません
    そのために取る手段が、暴力であり、虐待行為です
     

    そしてDV加害者は、自己肯定感が低いことが多いので、その低さを補うために「理想」を掲げます。
    「本当の俺は、こんなんじゃない」
    と、深い憤りを感じていたりします
    また、自己肯定感が低い、つまり自分に自信がないことを隠すために、プライドは高く高く設定しがちです。
    しかし、努力はしたくありません。
    そこを目指し、死に物狂いで努力することは、高い高いプライドが許しません
    「本当の私は、こんなんじゃない」
    と、思い込んでいるので、むしろ周囲が正当に自分を理解していないと深く傷ついたりしています
    このままでは「理想」の自分に近づけない
    しかし「努力」はしたくない
    むしろ「自分」に問題があるのではなく、周囲の「理解が足りない
    矛先は、家族に向かいます
    そうだ、自分が「理想」になるためには、家族を「理想」にすればいい
    自分は「理想の夫」もしくは「理想の妻」、場合によっては「理想の子供」持つ存在になればいいのだ
    恐怖の調教が始まります。
    自分の満足する「理想」の存在にすべく、ありとあらゆる手段を使います。
    DV加害者にとっては、自分の「理想」こそが、完全なる幸せの形なのですから、愛するモノをそこへ導くことは、「大きな愛情」そのものなのです
    本人達が、そのことを望んでいないとしても。
    激しく抵抗したとしても。
    それは、無知なだけなのです。
    「理想」へ、「理想」へ。
    誰から見ても、「素晴らしい」と称えられる「理想」へ。
    例え「理想の夫」「理想の妻」「理想の子供」という、イレモノ扱いをしているとしても。
    それは「理想」になるためには、仕方がないことなのです
    尊い犠牲と言えるでしょう
    こうして、「理想の夫」「理想の妻」「理想の家族」を持つ、「理想の自分」が出来上がるのです
     
    しかし、それは、危うく、脆く、悲しい「理想の自分」です
    行き着く先は、いつまでたっても満たされない飢餓感です
    己自身の心のタンクに大きな穴を空けたまま、外からの犠牲で満たそうとしているのですから、注いでも注いでもいっぱいになるわけがないのです
    もっと、もっとと、要求が深まるだけです
    もっと、もっとと、焦るだけです
    そして、求められる方は・・・すべてを消耗し、力を使い果たしていきます
    淀み、沈み、最後は消えていきます
    残されるのは、心に穴を空けたまま、
    「もっと、もっと、もっと!!」
    と、怒り泣き喚く、「理想」を捨てられない哀しい王様です

    昔、習っていた武道で知り、今も覚えている言葉があります。 
    「己こそ 己の寄る辺 己をおきて 誰に寄るべぞ 
     良く整えし 己こそ  誠 得難き寄るべなり
     自ら 悪をなさば 自ら 汚れ
     自ら 悪をなさざれば 自らが 清し
     清きも 清からずも 自らのことなり
     他の者において 清むることを 得ず」
    さて。
    ブログを読んで下さっている皆様の中には、DV被害に遭い、辛い経験をされた方、今でも苦しんでみえる方も多いと思います
    その方々のために、大きく書いておきましょう
     

    王様方へ。

    自ら悪をなさば 自ら汚れ
    自ら悪をなさざれば自らが清し
    清きも清からずも 自らのことなり
    他の者において 清むることを得ず
    勝手に付け加えます。
    他のものにおいて 満たされることはナッシング!
     


    DV加害者の望むもの パート2

    • 2009.09.14 Monday
    • 12:45

    無事に、週末が終わりました
    子供が、今回は二人きりを避けたがっていたので、三人で行動しました。
    「おとうさんがかわいそうだから、いっしょにくらしてあげたい」
    と、子供が言った時。
    私は、子供をギュッと抱き締めました。抱き締めながら、言いました。
    「優しいね、お父さんを思ってくれてありがとうね」
    そして、次にキッパリと言いました
    「でも、それはしなくていいです」
    「えー?なんで?」
    「君が、心からしたいと思うならすればよろしい。お父さんとお泊りしたいなら、してもいい。
    でも、お父さんがかわいそうだから、”暮らしてあげたい”、”暮らさないといけない”と、思うならしなくて、良い」
    「えー?”くらしてあげたい”じゃ、だめ?」
    「ダメ。それは、君に無理をさせることにもなるし、お父さんを甘やかすことにもなるから。二人に良くありません」
    「でもー、おとうさん、かわいそうだよ?」
    「かわいそうではありません。君が生きているだけで、お父さんは幸せなんだよ?君がいてくれるだけで、お父さんは嬉しいの。週末一緒に過ごせて、幸せ満タンだから大丈夫です」
    「でもー・・・」
    「でも?」
    おとうさん、それだけじゃいやみたいだもん・・・いるだけとかじゃ・・・だめみたいだもん・・・」
    「だめみたい?」
    「うん」
    「どうして、そう思うの?良かったら、話してみて」
    「・・・おとうさん、わらうもん」
    「わらう?」
    「あそんでいるとき、なにかしたとき、わらうもん。おとうさんは、”かわいいからだよ”っていうけど、おかあさんがわらうときと、ちがうんだもん。
    それに、おかあさんは、わたしがわらわれていやなとき”わらうな!”っておこると、すぐあやまってくれるけど、おとうさんは・・・ちがうもん」
    「どう違うの?」
    「あやまってくれないし・・・めが、こわいときがあるもん・・・なのに”かわいいからだよ”しか、いわないもん。
    いつもそばにいないから、さみしくて、こわいおとうさんがなおらないのかな・・・って、なら、いっしょにくらしてあげないといけないのかな?って・・・」
    私は、子供をギュッと抱き締めました。
    「お父さんの心配してくれてありがとうね。君が、お父さんのことをそう思ってくれているだけで、十分だよ。ありがとうね」
    「・・・おかあさん、わたしのこと、すき?」
    「大好き
    「・・・あかちゃんじゃなくても?」
    「大好き、今の君が大好き
    「・・・おおきくなっても?」
    「大好き、その時の君が一番好き
    「おこっても?こまらせても?」
    「ハハハ、腹は立つだろうけど、大好きなことは変わらないよ。
    だって、君は君だもん。そのまんまでいいんだよ。君が生きているだけで、お母さんは幸せだもーん
    子供は、しばらく私の腕の中から動きませんでした。
    それでも、とても嬉しそうに安心したように微笑んでいたので、ホッとしました。
    これは、今朝の会話です。
     
    DV加害者には、色々なパターンがあり、特権意識をパートナーだけに固執し、子供さんがいても子供さんには執着しない人もいるそうです。
    私の夫の場合は、私をコントロールするために、子供を手段に使おうとしたり
    「理想の子供」にするために、異常なまでに厳しくしようとしたり、自分自身が目指す「理想の父親」に近づくために、今度は過度に甘やかしてしまったり
    子供が心配してくれる、思いやってくれることに快感を感じ、子供の前で泣き、同情を引いたり
    私から見ても、混乱・混沌とした「父親」であると感じます
    世の中には、理不尽なことがある。
    それを父親から学んでいると思えば、人生のいい機会ともいえますが、それでも限度はあると思うのです。
    ましてや、笑って誤魔化しながら、恐怖心を植えつけるなんて、虐待そのものです
    彼は別居してから、子供のやることで腹が立つ、イライラする、そういう時、笑う癖が出来ました
    正に、自分の感情を笑って誤魔化しているのです
    子供は敏感です。
    「可愛いから、思わず笑っちゃったんだよ」
    と言っても、イライラしていること、馬鹿にされていること、怒りを含んでいること、それらを感じ取ります。
    表情と、言葉と、感じ取る雰囲気。
    それらがバラバラで、グチャグチャ。
    これは、とても混乱するし、困惑することです。
    ましてや、そんな皮肉めいた場面に遭遇する機会の少ない幼い子なら、ますます戸惑って当然です。
    彼は、子供に対しても謝ることが難しいです。
    素直に自分を表現することができない時があります。
    男性は、そういうものかも知れません。
    しかし、頑なに「理想の父親」としての自分に固執しているなあ・・・と、感じる時があります
     
    前回ご紹介しました武道の言葉に「自他共楽」という言葉があります。
    これは、
    「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを」
    という意味です
    自分を大切にして、自信を持つこと
    そして、自分が幸せを感じてから、初めて、人に優しくなれるし、人を幸せにできるのですよ・・・という教えです
    と、同時に、自分を幸せにしたら、必ず、人の幸せも思いやりましょう、という意味も込められています
    夫を見ていると、
    「すべては、俺に幸せを」
    と、考えているように思えてならない時があります
    そこには、他への思いやり、優しさが、見えません。
    一見、優しい、穏やか、物分りが良さそう、人当たりがいい・・・彼なのですが。
    結婚してから、「感謝」の言葉が足りないこと、「人のために損得なく動くこと」が苦手なこと、「常に見返りを計算している」ことに気付くようになりました
    子育ては、損得なく動くしかない、見返りを期待しない、奉仕そのもののようなものです
    でも、得られるものは、素晴らしいです
    自分の成長と、子供の成長
    お金には換えられない、貴重でかけがえのない財産と時間です
    しかし、彼は、目に見えない・手に持てない・お金に換算できないものを・・・中々認められません
    だからこそ、「感謝」や「思いやり」という見えないもの、お金にはならないものや
    「言葉」という、目の前で形にならないものに、意味を見出さないのかな?いつまでたっても、大切だという感覚が宿らないのかな?と、感じます
    有名な童話「星の王子さま」の言葉で、
    「大切なものは、目に見えない」
    というものがありました。
    DV加害者の望むものは、目に見えるものだけなのかも知れません
     

    「半ばは自己の幸せを」
    思って、いいのです
    その後、
    「半ばは他人の幸せを」
    思えば、いいのです
    DV被害に遭うと、本当に前半が難しくなりますが
    順番を守って生きられるよう・・・今日も皆様の心身の快復を心よりお祈り申し上げます
     










    彼の言い分 DVへ至るポイントを語る

    • 2009.10.06 Tuesday
    • 23:48

    DV防止教育センターで、DV加害者更正教育プログラムを受講している夫も、ブログを読んでいるのですが
    彼の話では、講師の方も、受講生の方も幾人か、読んで下さっているそうです。
    どうもありがとうございます。
    そして、先週末のプログラムで、私の心身を皆さん心配して下さったそうです。
    どうもありがとうございます。
    ご心配をお掛けしております。
    色々プログラムでお話をしてきたのでしょうが、彼が私に話したことは、
    「もう一度、本気でホントに頑張るから、俺に奥さんを支えさせて下さい。
    経済的にも、精神的にも、支え、癒させて下さい!!」
    という言葉と、土下座でした

    正直、何度繰り返すのだろうか?この光景を・・・という思いがありました。

    私は先週、DV専門の相談窓口に電話して色々聞いていました。
    身一つになったとしても、何とか生活は成り立つこと。
    (ぶっちゃけ、離婚して生活保護を受けるということですが)
    そういう権利は、誰しもあるものだから、自殺を考える程に苦しいのならば、安全で安心できる居場所を確保して、身体を治して、それから働いたらどうでしょうか?と優しく言って下さいました。
    八方塞がりと思えた自分の居場所が、そうではないと気付くことが出来た瞬間でした。
    難関は、役所の手続きです。
    やはり生活保護を受けるとなると、色々聞かれ、DVに詳しくない担当の方でしたら、二次被害に遭う可能性もあるかも知れないそうです。
    今の私には、キツイなあ・・・と、思いました。
    役所の方と渡り合う精神状態にまで戻すのは、今すぐは無理です。
    まとまったお金を確保して、シェルターに行き、色々とアドバイスを受けながら、新しい生活拠点を作り上げることが一番かも知れないと思いました。

    ハッ
    脱線してしまいました。
    彼を土下座させたまま、放っておいてしまいました
    それで・・・ええっと、そうそう思い出しました。
    彼は顔を上げようとしなかったので、私は声を掛けたのです。
    「そうしたいなら、そうすればいいよ。私は、あなたが実行するまで、信じられないけど」
    「・・・そうして、いいの?!」
    「あなたの自由だもの」
    「ありがとうッ!!」
    彼は嬉し泣きをしていました
    私の心が微塵にも揺れ動いていないことを・・・彼は感じ取ることはできないでしょう。
    彼は、彼。
    私は、私なのだから、仕方ないのです。
    興奮した彼は、続けて話し始めました。
    「講師が教えてくれた本があって、読んだんだけど、自分にすごく当てはまることばかりで。
    ビックリしたんだよ。
    何かしようって思った時、すぐに行動に移さないで、後からこうすれば良かった、ああすれば良かったって考えて、自分で自分が嫌になって、段々いじけて箱にこもる感じが、自分の中にあってね。
    そういう時、奥さんが、ササッと行動に移したり、俺が動かないことを指摘されたりすると、ドカーン、イライラってきて。
    動かなかった自分を正当化しようとしちゃうんだ。
    ”奥さんが、頼まないからやらなかったんだ”とか
    ”今、やろうと思っていたのにやっちゃったの?”とか
    ”考えていたのに、どうして聞きもせずに先にやるのかなあ”とか。
    言葉に出す時もあったけど、ほとんどはそういう思いを雰囲気でバンバン伝えていたよね。
    ”察しろオーラ”が出てるって、奥さんはよく言ったけど。
    俺、この本を読んで、ようやく・・・自分が見えた気がしたんだ。
    何かしようって思った時、行動に移すことができる自分は、俺、好きなんだ。
    ずっとそうしたかったんだ。
    そうした方が、気持ちが楽で爽快だって、気付いたんだ。
    色々理由付けして後回しにしたり、諦めたりすることで、箱に閉じこもり、そうできない、そうしないのは自分なのに、他のせいにしていた。
    特に、奥さんへいつも責任転嫁して、自分を正当化することを譲らなかった。
    この本を読んで、そのことに気付いたんだ。
    それだけじゃないよ?
    泣きながら狂ったように笑いながら、仕事している奥さん見て、俺・・・ゾッとした。
    本気で本当に何とかしなきゃ、奥さん死んじゃう・・・!って、ゾッとしたんだ。
    だから、奥さんが治療に専念できるように、残業も交渉したり、バイトも探して頑張るからね。
    そこまで、追い詰めて・・・ごめんなさい!!」
    彼は、もう一度、深々と頭を下げました
    私は、信じる機能が麻痺しています。
    彼に関しては・・・。
    なので、彼の切実な響きを含んだ言葉であっても、受け容れることは難しかったのです。
    「いい本に巡り会えて良かったね。講師の方に感謝だね。
     私のことも心配してくれて、ありがとう」
    そう言うのが、精一杯でした。
    彼は、眼をキラキラさせて喜んでいました

    子供の運動会が週末にあり、フラフラな体調でしたが、応援したくて行って来ました。
    子供さん達の元気なこと
    どの子供さんも、命がキラキラと眩しく輝いていました
    我が子だけでなく、気付いたら、全員を応援していました。
    ああ、やはり、命は愛おしいですね。
    生きているだけで、素晴らしいですね。
    私の中で、小さな声が聞こえました。
    「同じ輝きが、あなたにもあるんだよ、生きている限り」

    同じ輝きが、皆さん、一人一人にもあるのです。
    生きてみえる限り。

    子供さん達を見習って、負けないぞー!















    インフルエンザがもたらしたもの? DV加害者の彼の変化

    • 2009.11.23 Monday
    • 15:54

    ゲゲッ!です
    とうとう昨晩、私も発熱致しました
    が、今朝は平熱に・・・
    あれ?
    しかし、倦怠感と胃の辺りが気持ち悪い感じがあるので、大事をとって外出を控えました
    今日は祝日ですし、明日、改めて内科を受診しようと思います

    私まで発症したか?と、昨晩の彼は、とても大慌て・・・では、ありませんでした。
    心配そうではありましたが”健康を快復した俺が、今度は頑張る番だ”とばかりに、大張り切りでございました
    少し前の私でしたら、ヨヨヨ・・・とばかりにしなだれかかり、
    「どうしましょう・・・私まで・・・これじゃあ、明日から、あなたがいないと・・・インフルエンザに殺されてしまうわ・・・」
    と、泣き崩れていたかも知れません
    しかし、今回は違いました
    子供の寝かしつけの絵本読みは、私がやりましたが、残りの家事は彼に頼みました
    「熱が出たので、後はよろしくお願いします」
    「うん、いいよ、もちろんだよ」(物凄く、生き生きとした彼の表情
    「明日、朝も高熱だったら、緊急医に連れて行ってもらっていいですか?」
    「もちろんだよ」(物凄く目をキラキラさせる彼
    「高熱が続いたら、私は、子供の御飯とお風呂を実家に頼もうと思うの。寝る時だけ、ウチに送り届けてもらおうかな・・・私の両親には申し訳ないけど・・・と、思っている。保育所へはバスが出るし。あなたは、別居先に帰るし、熱が下がるまで、そうしてお願いするつもりだけど、どう思いますか?」
    私の提案に、明らかに彼の表情は、みるみるしぼんでいきました
    ここでいじけモードに入るのが、いつもの彼のパターンですが(”そうだよね、俺がいない方がいいよね・・・”とか言う)、今回は違いました。
    静かに、自分の考えというか、思いを話したのです
    「・・・・・俺は、こんな時だから、頑張りたい。職場に事情を話して、熱が下がるまでの数日間は勤務時間を考慮してもらう。仕事を定時までに終わらせるし、ダメなら持ち帰ってでも、家の都合に合わせる。頑張らせて下さい、お願いします」
    「・・・・・う〜ん・・・・」
    正直、どうしようかなあ?と思いました
    彼がいることが、精神的に負担な部分が在ることは事実です
    しかし、彼が職場に家の事情を話してでも、仕事の時間を都合しようと、ここまで強く思ったことは、初めてでした。
    「インフルエンザの俺を追い出しもせずに、いさせてくれたのは、奥さんと子供だけだったもの。会社でも感染させるなと言われ、俺の実家でも来るなって感じで・・・居場所ない状態の俺だったのに。
    部屋を温かくしたり、加湿してくれたり、ゆっくり休めるように配慮してくれたのも、飲み物を取るように叱ってくれたのも、奥さんだけだったもの。今度は、奥さんのために何かしてあげたいんだ。家族だもの。お願いします、やらせて下さい」
    彼が、”家族”というかけがえのないものの、大切さに気付き始めていること。
    今まで一方的に与えてもらうだけを欲していた彼が、誰かに奉仕することを喜びとしようとしているのかな?と、感じました。
    私は、冷静に彼を観察していました
    私をコントロールしようとか、押さえつけようとか、これを機会に依存関係に引きずり込もうとか、そういう腹は、ないようでした
    家族のために頑張りたい・・・という思いから発した言葉と、受け止めました。
    私は、決意しました
    彼に任せることを
    「・・・・・私が、一つだけ守って欲しいのは、子供のこと。あの子を迎えに行く時間を絶対に守ること。それが出来るなら、いいよ」
    「守る、守りますッ!本当にいいの?」
    「うん。こちらこそ、お世話かけます。よろしくお願いします。言ってくれて、ありがとう」
    「そんな・・・お礼なんて・・・」
    彼は、言葉を詰まらせました

    彼は、お礼を言うのも苦手ですが、言われるのも、とても苦手です
    対等な立場でのやりとりを知らないできたので、きっと感謝する、感謝されるということが、どういうことなのか?分からないのだと思います
    やって当たり前の上下関係。
    「言わなくても分かるだろう」の以心伝心を頑なに信じる気持ち。
    「男がチャラチャラと女子供に礼なんぞ言うものじゃない」という固定観念。
    それらが、ごちゃまぜになっているのかなあ?と、思ったりします

    彼が、自然に、
    「ありがとう」
    を言えて、
    「ありがとう」
    を受け容れることができる人になると、いいだろうなあ・・・と思います。
    それは、私のためではなく、彼自身のために思うのです
    まあ、余計なことなのですが

    しかし、インフルエンザ?なのか、恐るべしです
    熱はないのに、このだるさと、気持ち悪さと、眩暈・・・
    皆様も、どうぞお気をつけて下さいね
    読んで下さり、ありがとうございました






    DV加害者の特権意識

    • 2010.03.18 Thursday
    • 12:35
    先週末、夫と話をしていて、前々からとても不思議で不思議でならないことについて、思い切って聞いてみました
    それは、私と話をしている時に、彼が聞いて欲しくない、話したくない話題になると、ピタッと、黙り込む態度について、でした

    彼の主張によりますと、
    「無視しようとしているつもりはないんだよ」
    「決して、拒絶しているとか、否定しているとかじゃないんだ」
    「ちゃんと答えなくちゃと思うと、どんどん考えが悪い方へ悪い方へ向かって。
    自分が駄目な奴にどんどん思えてきて。
    こんなんじゃ奥さんに捨てられる、呆れられると思って、何も言えなくなっていくんだよ」
    「それなのに、何も言えないことを責められているように感じて。
    俺だって色々考えて悩んでいるのにって。
    ”言わない”んじゃなくて、”言えない”のに、何でそれが分からないんだって、最後はムカついてきたりして」
    「だから、DV行為じゃなくてね。俺は、ただ言葉をうまく出せないだけなんだよ」
    と、いうことについて、です

    私は、彼の言葉に理解を示しながらも、いつもいつも違和感を感じていました
    うまく伝えられるかどうか、あまり自信がないのですが・・・
    彼の言葉通りに受け止めて。
    彼は言葉を慎重に選び、本人が納得のいく回答が出来るように思考を深めているのだから、時間が掛かるだけなのだ・・・と、ひたすら待つようにすると、いつまでもいつまでも、ダンマリが続きます
    長い時は、二日間その状態の時もありました
    そうなると、私も心配になりますし、子供も不安がります
    では、待ちながらも、タイミングを見て。
    私が、彼が責められていると感じないように配慮しつつ、アサーティブに言葉掛けをしてみれば、彼は落ち着いて話すことが出来るか?というと、そうでもなく
    やはり、どう努力しても、責められていると感じて、
    「どうせ、俺が悪いんだからね」
    「どうせ、俺はダメなんだ」
    と、なってしまうのです
    う〜〜〜〜〜、どうすれば、いいんじゃい
    これが、DV行為ではないというのならば、私の努力不足なのか、もしくは、私達の相性の問題かと、悩み
    相談をしてみれば、
    「旦那の聞きたがらない話をする方が、悪い」
    「相手の逃げ道を塞いで、こうだろう、ああだろうと、話を一方的に進めることは、良くない」
    「放っておけば?黙るだけで、暴れないなら、いいじゃん」
    と、言われ
    ますます、あ〜〜〜〜〜〜〜、どうすればいいんじゃい
    やっぱり、私が、悪いんかい
    と、髪の毛を掻き毟り、部屋をウロウロ歩き回り、
    「誰か、答えを教えてつーか、何とかして、私達をドラえもん、助けて〜〜〜〜ッ
    と、のび太君が心底羨ましい心境になったりしていました

    その私の「違和感」を。
    機嫌が良さげな彼に、尋ねてみようと思ったのです。
    地雷を踏むようで、ドキドキでしたが・・・
    「一つ、聞いていいですか?」
    「いいよ、なに?」
    「いつもさ、ダンマリしちゃうのは、無視しているつもりはなくて、悪い方へ悪い方へ考えてしまうからだって、言っていたよね。
    とても不思議なんだけど、どうして、悪い方へ悪い方へ考えてしまうの?」
    「え?どうしてって・・・普通、そうじゃないの?
    「悲観的になる時も、人間だもの、あるだろうけど。
    問題を解決しなくちゃって時は、悪いことを思い出すだけじゃなくて。
    何処がいけなかったんだろうとか、どうすれば解決出来るだろうとか、そのためには、何が出来るだろうとか、何を変えればいいだろうとか、どんどん考えるっていうのならば、私は、理解出来るのです。
    が、アレもダメだ、コレもダメだ、ああ、どうせダメなんだ・・・って、どんどん考えて、黙り込むっていうのが理解出来ないんだよね」
    何で?
    「だって、鬱病の人の症状だよ、それは」
    「え?」
    「私、鬱病患者だから、よく分かるもの。
    どんどん自分にダメ出しして、最後は死ぬしかない、こんなダメで迷惑掛けている自分って、思うもの。
    健康な人だって、心身が弱っている時は、欝状態になることあるのだから、あなたの感じることをすべて否定するつもりはないのだけど。
    自責モードに入ることで、逃避している部分もある気がする」
    「逃避・・・」
    「問題を解決しようとすると、本当の自分に向き合わないといけないし、事実を受け容れないといけないじゃない?
    それって、物凄くしんどいし、大変なこともあるけど・・・。
    私が、DV被害に遭った自分と向き合えるようになったのは、DV専門のカウンセリングで、手助けしてもらったからだと思う。
    でも、手助けはしてもらえても、向き合うのは自分自身だし、目の前の問題に取り組むことは自分にしか、出来ないよね。
    誰も私の人生を肩代わりしてくれないということを、DV被害に遭うことで、改めて学び直した気がするの。
    あ、ごめん、私の話をして
    で、何が言いたいかというと・・・もしかしたら、そこに、あなたの特権意識があるのかなあ?って、何となく思ったんだよね」
    「・・・俺の?」
    自ら自分にダメ人間の烙印を押すことで、周りに何とかしてもらおうとする、特権意識。
    そうやって、本当の問題からも逃げられるし、等身大の自分を見ることからも逃れられると、思っているんじゃないのかなあ。
    だからね、あなたは”違う”って、否定するけれども。
    私は、やっぱり、あなたの”ダンマリ”は、DV行為だと感じます。
    だって、やっぱり黙り込まれると、怖いし、悲しくなるよ。
    結局、あなたの黙り込む態度に根負けして、私は、そんな自分を責めて毎回落ち込むもの。
    今の私達のDVサイクルパターンは、あなたの”ダンマリ”だと感じます」
    彼は、しばらく沈黙していました。
    そして、メモを取り出すと、
    「今、大切なことが分かった気がするから・・・」
    と、何かを書いていました
    DV加害者更正教育プログラムで、俺の感じたことが間違っていないかどうか、聞いてくる」
    彼は、そのメモを見つめながら言いました
    「俺、自分では、もう大丈夫だと思っていたけど・・・。
    まだ、DVせずにはいられない、何かを持っているんだって、今、感じた」
    私の伝えたことが正しいかどうかは、分かりません。
    でも、彼が意識しない部分でも、DV加害者特権意識は、根強くしぶとく息づいていたかも知れない。
    そのことを考えると、DVの恐ろしさを改めて、感じます
    加害者にとって、自分が特別であると思い込むこと。
    自分は、誰かに何かをしてもらうことが、当然と信じること。

    それは、何よりも・・・極上の甘い蜜なのだなあ・・・と、思います
    私自身も、DV被害者であることを特別視して欲しいという、「悲劇のヒロイン」化にならないように、気をつけなくては・・・と、彼を見ていて思いました

    今日も読んで下さり、どうもありがとうございました
    夫には、まだまだDV加害者更正教育プログラムが必要なことは、確かです
    経済面の問題はありますが、彼には、彼自身のため、子供のために続けて欲しいと思いました
    私は、彼のDV行為パターンに飲み込まれないように、ますます気をつけなくちゃいけないんだ〜と気付いたので、少し・・・ションボリです
    大好きなドラマ録画見て、心の栄養補給します
    春の気配が、毎日強くなりますね
    皆様も、どうかくれぐれも心身お大事になさって下さいね











     

    鏡の向こう側の苦しみ DVを通して教えられること

    • 2010.03.28 Sunday
    • 23:12
    我が家は平日別居をしているため、週末のみ、夫が訪れます
    今回は、夫の苦悩について書きたいと思います

    彼は、過去、DV行為を繰り返す度に、私のコントロールを強化してきました
    が、DV被害に遭っていると自覚してからの私は、彼がDV行為をすると、逃げ出すことが多くなりました
     さらにDV行為が繰り返されると、私は、別居を求めるようになりました
    彼は、私や子供を失いたくないので、別居には同意しましたが、再び同居できる可能性があると信じているからこそ、今、我慢しているのだと思います
    彼は、週末訪れるわけですが、
    「今度、ヘマしたら・・・二度と、来るなって言われる・・・」
    という恐怖感不安感は、いつもいつも、つきまとっているそうです
    子供が父親としての自分を慕い、求めてくれるから、週末に来ることを許されている。
    彼は、そう解釈しておりますので、子供には、どうしても甘い父親になりました
    子供が欲しがるものを買い与え、子供が行きたがるところへ連れて行き、子供がどんなことをしようとも、
    「怒っちゃいけない・・・怯えさせちゃいけない・・・」
    と、呪文のように、心の中で唱えていた時期があったそうです
    私は、この時期の彼の緊張感を・・・嫌という程感じていました
    DV関係に結ばれると、悲しいことに、感情がすべて伝わります。
    境界線を通すことなく、直に、伝わります。
    ですから、彼が緊張すれば、私も緊張し。
    彼が不安を感じれば、私も不安を感じ。
    彼が恐怖を思えば、私も恐怖を思いました。
    週末、彼が来ることが、とても気が重く、辛いだけしかない・・・そんな時があったのです
    この時の彼は、私のことよりも。
    「自分が会いたい家族と、どうしたら・・・次も会うことが出来るか?」
    それだけで、いっぱいいっぱいでした
    子供に対しても、躾とか、将来どんな大人になって欲しいという思いよりも、
    「自分を父親として好きでいてくれる子供のままでいてくれるだろうか?
    次も会いたいと言ってくれるだろうか?」
    それだけしか、考えていませんでした

    彼は、子供に、のめり込んでいきました
    私との話し合いは、無視するばかりでしたが、子供との会話は、ご機嫌で無視することはありませんでした
    子供は、何でも買い与えてくれて、何処でも連れて行ってくれて、何でもしてくれるお父さんと一緒にいることに、どんどん楽しみを見出し、私に対して、冷たい目を向ける瞬間が出てきました。
    家族の中で起きてしまっている「ねじれ」のようなものを・・・何とかしたくて、私は、夫と話をしようとしました。
    何度も、何度も、試みました
    しかし、彼は、嫌がりました
    口うるさいことを言う妻よりも、素直に自分を慕う子供と遊んだり、話したりする方が、心地良いからです
    私は、白旗を挙げる時が、いよいよきたかな・・・と、思いました
    父親を慕う子供の気持ちを一番に優先にしたけれども、私は、話し合いも出来ない相手とは、夫婦ではいられない。
    ましてや、子供に与えている影響は、必ずしも善いとは言えない。
    物質的な豊かさを与える人が、自分を本当に愛してくれている人なのだと、子供が誤解して学習して成長したら、大変なことになる。
    子供のため、そして、私のためにも、もう・・・私達の関係は、終わりにすべきだ
    そう、思いました。
    その頃。
    子供は、火災報知機の音をきっかけに、登園拒否となり、精神的な支えを私に求めるようになりました。
    これがきっかけになり、私と子供の絆は、戻りました
    普段、ポイポイ買い与えてくれないけど、自動車を運転出来ないからあっちこっちドライブ出来ないけれども、病気だから出来ることと、出来ないことがあるけれども。
    お母さんは、お母さんだ・・・と、気付いてくれたようです。
    「おかあさんが、いい・・・」
    と、ギュウッと、子供が泣きながら抱きついてきた時。
    良かった・・・親子の絆は、切れてはいなかった・・・と、感じました

    夫は、子供の中に、まだそれだけの心の傷が深々と残っていることに、大きなショックを受けました
    「あんなに、慕ってくれていたから・・・もういいのかと思った・・・」
    と、呟いた後、しばらく呆然としていたくらいです
    「前々から、気になっていたこと、伝えていい?」
    「ああ・・・」
    呆然としている彼に、私は、ゆっくりと言葉を選びながら、伝えました
    「”次はないかも知れない”
    って、委縮する気持ちは理解できるけれども・・・それは、あの子が望んでいる気持ちじゃないと思うの。
    あの子が、一番して欲しいことは、ただ愛して欲しい、大好きだって伝えて欲しい、そのまんまの君が最高だよって、自己を肯定して欲しいことだから。
    DV行為により、さんざん、
    ”俺の言うコトを聞くオモチャになれ”
    って、威圧されて・・・いっぱい傷付いて悲しい思いをしたからこそ、あなたからの、
    ”ひどいことしてごめんね。お父さんが、間違っていた。君は君のままで、いいのに。コントロールしようとして、傷つけてごめんね”
    っていう、言葉や態度や気持ちが、一番癒されると思う。
    それだけじゃなく、
    ”会ってくれてありがとう、生きていてくれてありがとう、今度こそ、お父さんは何があっても君の味方だからね
    って、深い感謝や、大切に見守る姿勢を、言葉や態度や気持ちで、現すことが大切だと思う」
    彼が、不思議そうに聞きました
    「・・・何で、そんなことが分かるの?」
    「あなたに同じように傷つけられた被害者ですから・・・」
    私は、苦笑しながら、答えました
    「きついことを続けて言うね。
    今度は、私やあの子を支配層に置いて、あなたが、被支配層になりたいのかも知れないけれども、私は、そんな関係は、うんざりなの。
    あの子を巻き込むこともやめて欲しい。
    目線を同じにして、向き合える関係になりたいの。
    あなたに委縮されても嬉しくないし、私が委縮することも、もうコリゴリ。
    ”次は、あるか?”
    って、心配する暇あったら、
    ”今日は、この子と、どんな時間を過ごし、どんな言葉を投げ掛けて、俺が叩き壊したこの子の自己肯定感を・・・少しでも取り戻す手助けが出来るだろうか?”
    って、考えてみてくれないかな。
    子供が、どんどん癒され、励まされ、元気になって、成長する姿を喜ばしく感じ、楽しむことが出来る父親になって欲しいと、私は思っているの」
    あ〜〜〜〜〜〜、ようやく、言いたかったことが言えたぁ〜〜〜〜ッて、スッキリでございました
    この時の言葉は、幸い、彼の心に届いたようで
    色々と省みて、子供への態度を考えてくれ始めました

    子供への態度は、変えやすいのですが。
    私への態度は、中々まだ難しいところがあるみたいです
    DVって、根強いですね。
    支配・被支配は、手強いです。
    私も、コントロールされる側やコントロールする側にならないよう、気をつけなくちゃと思います

    今日も、読んで下さりどうもありがとうございました
    桜が、チラホラ咲き始めたみたいですね
    花冷えの時季は、足元が冷えますので、くれぐれも心身お気をつけて下さいね
    ありがとうございました






    DV加害者についての質問と答え

    • 2010.04.23 Friday
    • 09:42
    「DV・虐待加害者の実体を知る あなた自身の人生を取り戻すためのガイド」
    (ランディ・バンクロフト著、高橋睦子、中島幸子、山口のり子監訳、明石書店、2008年)
    について、書いた6月19日のブログを読んで、質問を下さった方が、みえました
    ブログの中で、本に書かれていた以下の問いを紹介したところ、その答えを知りたい・・・と、いうことでした
    「今はなくても、身体的暴力に最後はいってしまうのか?」
    「謝るのだから、彼は悪いと思っているのか?」
    「普段は優しいのに、彼は二重人格なのか?」
    今日は、これらのことについて書きたいと思います

    〆はなくても、身体的暴力に最後はいってしまうのか?

    著者のランディ氏は、この問いが発せられる時点で、既に、DV被害者側に相当の恐怖が存在している状態だと、本の中で、心配しています
    何故なら、DV被害者の直感は、正しいからです
    「次は、何をされるのだろう・・・」
    と、怯えるということは、もう、相手から脅迫のオーラを感じ取っているということなのです
    「次は、手を出すかもよ、俺・・・」
    と、いう無言の圧力を感じている可能性が高いのです
    ですので、ランディ氏は、質問の答えとして、
    「今すぐ、慎重に、彼から離れられることをお勧めします」
    と、述べてみえます
    「暴力とは殴ったり叩いたりという行為だけではありません。
    あなたを支配するために身体的に脅したり、あなたのからだを利用することすべてが暴力です」(P.209より)
    私は、この一文が、とてもよく理解出来ました
    夫は、床や壁を殴り、蹴る時。
    物を投げつけ、蹴飛ばし、踏みつけた時。
    私に見せ付けるように、すべてやりました。
    その時の彼は、
    「お前の代わりに、こっちを殴ったり蹴ったり、投げ飛ばしたり、蹴飛ばしたり、踏みつけているんだよ?でも、奥さんは、殴っていないもんね?これは、暴力じゃないよね?」
    と、心の中で、ひたすら唱えていたそうです。
    ですから、私ならば、この質問には、こう答えます。
    「DV加害者が、身体的暴力を振るいたいと思えば、容赦なく、やられます。
    DV加害者が、必要ない、今のままで十分、コントロール出来ると感じていれば、一生、身体的暴力はないままでしょう」
    自分で書いて、悲しくなりました・・・・・
    同じ人間なのに・・・どうして、支配・被支配の関係だと、こうなってしまうのでしょうか
    いついかなる時も、自由に、暴力を選ぶことの出来るDV加害者と・・・。
    いついかなる時も、自由を奪われ、暴力を予測なしに振るわれるDV被害者。
    暴力を選ぶ時点で、間違っているんですよ、本当は
    でも、DV加害者は・・・そのことに気付こうとしません・・・

    ⊆佞襪里世ら、彼は悪いと思っているのか?

    思っています、思っているそうです。
    ただし、ほとんど、
    「自分のイメージを悪くしてしまった・・・」
    と、自分のために反省しているそうです
    え・・・
    ナンですか、それって、感じですが、まあ・・・その・・・そういうもんだろうなあ・・・と、過去の夫を思い出すと、深く頷いてしまいます
    具体的に、ご紹介しますと。
    爆発した後、思うことはといえば。
    たまたまそこに居合わせた、他人に、自分のイメージを悪くしてしまったなあ、とか。
    自分が、こうありたいと思うイメージから遠ざかるような振る舞いをしてしまった、とか。
    あそこまでしなくても、うまく奥さんをコントロール出来るはずだったのに、出来なかった、とか。
    こんな感じです。
    それから、DV被害者に涙を流して謝罪したり、土下座したり、”もう二度としない!”と泣き叫んだり、震えて謝ったりという、パフォーマンス交じりの反省については。
    その時は、本当に、
    「ここまでやって、ごめんなさい」
    と、思い、反省して悪いと思っているそうです。
    が、そこで謝ったから、もう許してもらえたと思うらしいです
    ですから、いそいそと仲直りのセックスをしようとしたり。
    翌日も、まだ緊張が解けない被害者に、不満を感じたり。
    ”まだ許していない”という被害者に、
    「ハアッ〜?ナンだ、それ、何様だ、お前?」
    と、怒りを感じるのです。
    自分が謝ったら、DV被害者は、許すのが当たり前なのです。
    だって、自分が、”許して”と、泣いて土下座までしてやったのですから。
    「お前が、そんなだから、俺だって、キレるんだよ!」
    と、DV被害者のせいにします。
    いや・・・あなたこそ、何様?なのですが、DV加害者は、気付きません・・・

    I畸覆詫イ靴い里法彼は二重人格なのか?

    ランディ氏は、答えています
    「とくにそうではありません。
    相手の女性に対して力を使って支配することにひきつけられているので、支配するための手口の一つとして外ではよい顔をみせるのです」(P.101より)
    「DV加害者は人間であり邪悪な怪物(モンスター)ではありませんが、軽視してはならない非常に複雑かつ破壊的な問題を抱えています」(P.148)
    「DV加害者はそもそも意識して行動しています。
    偶然でとか、自分を見失ってではなく、意図的に行動しています。
    しかし、その行動のもとになる考え方はほとんど意識していません」(P.148)
    「DV加害者プログラム実施者としての私の主な仕事は、加害者に対して、彼らが行っていることの本当の理由に気づかせて、それに向き合うようにすることです」(P.149)
    私は、普段の夫を「優しい」と感じていました。
    実際、優しい性格なのだと思います。
    が、性格と、私を支配しようとする欲望、渇望、羨望は、違います。
    ランディ氏は、DV加害者も、恋に落ちた時は恋人との幸せな関係を望み、結婚した時はパートナーと幸せな人生にしていこうという思いがある、と言います
    ただ、自己中心的なファンタジーをそれぞれが持っており、厄介なことに、本人もそのことに気付いていないことが多いと言います。
    DV加害者自身が、気付いていない自己中心ファンタジーとは・・・。

    恋人・妻は、僕の要求すべてに応えなくてはならない
    昼夜を問わず、魅力あふれた女性であるべきだ
    俺のすべてを尊敬し、いつも褒め称えなくてはいけない
    私の不満をすべて満たし、私のすることには、決して不満を言わないでいるべきだ
    「私、何もいらないし、必要ではないわ。
    お金も、趣味も、友達も。
    あなただがいてくれればいいの。
    でも、あなたには、自由に好きに生きて欲しいの。
    あなたの重荷になりたくないもの」
    これだ、これこれ、最高こんな女になって欲しいよ〜

    って、感じです
    夫も、普段優しくても、心の奥底で望んでいたのは、こんな感じだったんでしょうねえ・・・。
    こんな存在いたら、人間じゃなくて、超高性能召使アンドロイドだろう?と思うのですが、DV加害者は、気付きません・・・・・

    今日も読んで下さり、どうもありがとうございました
    本の中に、書いてあったことなのですが。
    自分が暴れた後の片付けをきちんとしたり。
    「君は、悪くないのに、ひどいことをしてごめんね」
    という謝り方をしたり。
    爆発を目撃した他の人に、
    「僕がやったことは、いけないことなんだ。彼女は、何も悪くないんだよ。決して、彼女を責めないで下さいね」
    と伝えたり。
    爆発の後、女性が怖がっていたり、怒っていたりした場合も、不満をこぼさず、そっとしておいて、女性の感情が落ち着くのを待つことが出来たり。
    そういうことが出来る人は、自分のイメージにこだわる反省ではなく、本当に悪いと感じて、反省している可能性が在るそうです。
    ああ・・・そうなんだ・・・と、ちょっと、遠い目になりました
    青空が目に沁みるような現実でございます
    それでも、ずっとずっと、そんな反省から程遠い世界にいた夫が、最近ようやく・・・私を気遣い、尊重してくれている感じを受けるようになった気がします
    きちんとした更正教育が為されれば、他者の痛みが分かる人間になれるのかも知れないんだなあ・・・と、少し感動しております
    でも、悲しいかな・・・私の心身は、まだまだ壊れたままなのですよね・・・
    皆様、くれぐれも心身お大事になさって下さいね
    ありがとうございます
























     

    コミュニケーションが面倒くさいという発言 DVがかくれんぼ

    • 2010.05.07 Friday
    • 09:18
    五月連休中の夫は、それはそれは、幸せそうでした
    旅行するわけでもなく。
    遠出するわけでもなく。
    近所の公園や動物園、公共屋内プールへ弁当を持って出掛けるだけの日々でしたが。
    子供と日中は、遊び。
    夕方は、早めにお風呂に入り、テレビを見て、まったりと過ごし。
    子供が寝てからの夜は、パソコンしたり、眠ければ寝たり、本屋やコンビニにブラリと出掛けたり。
    私の見た感じでは、休日を楽しみ、まったりと過ごしているように感じられました
    このまま何事もなく済めばいいなあ・・・と、思っていました。
    と、同時に。
    彼が、そのままで安心していられる状態が長続きするといいなあ・・・と、祈ってもいました。

    連休前、私は、彼に一つお願いしていたことがありました
    「子供の相手したり、出掛けたりすれば、健康なあなただって、疲れたり眠くなることもあると思う。
    その時は、言葉にして伝えて下さい。
    ”ちょっと、横になるね”
    でいいから、言って下さい」
    と、いうことをです。

    理由は、簡単なようでいて、複雑なものです
    新婚当初から、彼は、無言で横たわり、休むことが頻繁でした
    「そんなに疲れているんだ・・・」
    と、思い、起こすこともせず。
    子供が生まれてからも、子供に彼の眠りの邪魔をさせないように神経をつかいました。
    私は、それが、彼への思いやりだと思っていたからです
    ですから、自分がどんなに辛い体調の時でも、彼が横になる時は頑張って動きました
    でも、それは
    彼にとっては、私への命令だったのです。
    「俺は疲れているんだ、起こすなよ」
    彼は、無言のまま、ずっと私に命令を下し
    命令と気付かないまま、私は、それを真面目に守ってきたのです
    ですから、新婚時代と比べて、段々彼が無言で横になる態度は、威圧的で重々しいものになっていきました
    そして、私や子供への無言のプレッシャーも、回を増すごとに強くひどくなっていきました
    これだけならまだしも・・・一番、厄介なことは、眠った彼が起きた後に、いつも起こりました。

    彼は、まず眠ってしまった自分自身を正当化しようとしました
    別に、疲れて眠りたくて眠ったんだから、それでいいじゃない?と思うのですが、彼の中では、それは許されないことだというのです。
    「奥さんだって、疲れているのに、俺だけ寝ちゃうなんて、ダメだよ」
    「奥さんは病気なのに、俺だけ先に休むなんて、許せないよ」
    「起こすな」という命令を守ったのですから、それでいいんじゃない?とも思うのですが。
    命令を発した彼の中の特権意識は、私に隠しておきたい存在なので、どうしても、私に言い訳をしたいし、パフォーマンスをせずにはいられないようでした。
    彼の求める「理想の自分」は、疲れて眠るヤワな奴じゃないとか、病気の奥さんに無理させない優しい奴とか、色々あったかも知れません。
    で。
    一人で、どんどん自責モードをエスカレートさせていったなあと思ったら、今度は、
    「奥さんだって、身体が辛いなら、俺を起こしてくれれば良かったんだ・・・!」
    「俺が必要ないから、俺を寝かしたまま放っておいたの?!」
    と、言い出すのですね・・・
    もう、なんやねん、あんた、なにがいいたいねん・・・
    と、思わず関西風突っ込みをしたくなるくらいのメチャクチャさが増してきます。
    さらに、
    「そうだよね、俺がいなくても生きていけるんだもんね」
    「俺がいない方が、幸せなんだ、だから、俺を起こさないんだ」
    と、ネチネチ言い始め
    どうして、そういう理屈になるのか
    今思い返しても、不思議な思考回路ですが。
    最後は、
    「お前まで、そうやって、俺をノケモノにするのか・・・
    と、泣き出すか、暴れ出すか、どちらかをやる、と
    素晴らしい黄金パターンが出来ておりました。
    だから、彼が無言で横になると・・・。
    「ああ、起こしても地獄(眠くて不機嫌モード全開になり、爆発モードに切り替わる可能性大)。
    一晩寝てくれても、起きれば地獄(言いワケ大魔王になった後、やはり爆発モードに切り替わる可能性大)。
    困ったなあ・・・」
    と、よく溜息をついておりました
    今思えば、彼が寝ている隙に、さっさと何処かへ行ってしまっていれば良かったのでしょうが、当時は、そういう発想すら浮かびませんでした。
    寝ている彼に、鎖でつながれているような感じで、外へ出られる精神状態ではありませんでした。

    こういうことが、あまりにも繰り返し多くあったので、私は、未だに夫が、無言で横になることが苦手です
    起こすことも。
    彼が、起きることも、苦手です。
    怖くて、構えてしまいます。
    そして、起きた彼の表情を見て、
    「ああ・・・良かった・・・DVしている顔じゃない・・・」
    と、安堵するということを最近繰り返していました
    でも、これがすごく疲れるのです
    緊張と緩和、不安と安堵、恐怖と安心。
    どうしても、正反対のことが繰り返されます。
    連休ともなれば、一緒にいる時間が長くなりますし、子供と長い時間関われば、疲労して、彼が横になりたがることも明白です。
    私は、彼に理由を話し、
    「横になる前に、一声掛けてね」
    と、伝えました。
    もともと彼は、察してもらうことが大好きでした。
    今でも、私から、
    「あら?疲れてない?遠慮せずに、横になってね。いつもありがとう」
    とか、
    「子供のお世話ありがとう。疲れたでしょう、休んでね。後は、私が見るわ」
    とか、言ってもらうことが、本当は大好きだと思います。
    私も、そういう気配りや優しさを表現して、思い思われる関係でいられるのならば、素敵だと思います。
    が、残念なことに、DV行為の甘い汁を知ってしまった人は、「思われるだけ」を求めてしまいます
    そして、「もっと察しろ、もっと察しろ、もっと察しろ」と、永遠に繰り返し。
    無理難題を平気で、当然だとばかりに求めるようになってしまいます。
    思いやりや、優しさや、気遣いというレベルを超越して、相手を人間として見なくなります
    モノとして見下し、尊重しなくなります
    私は、もうそう見られることも、扱われることも嫌でした

    彼は、
    「分かった。約束する」
    と、言い。
    連休の間、横になりたい時は、きちんと口に出して伝えてくれていました
    が、段々一緒にいる時間が長くなると・・・雲行きが怪しくなってきました
    連休最後の日、彼は無言で横になりました
    が、それだけ疲れているのだろうなあ・・・と、責めることはせずに、そのまま休んでもらっていました。
    でも、私の心身には、大きな不安が広がり始めていました
    彼が目覚めて、昔のような表情になっていたらどうしよう?
    言い訳大魔王に変身したらどうしよう?
    どんどん怖くなりました
    しばらく平和で過ごすことが出来ただけに、もしかしたら?という恐れは、物凄く大きな不安となって私を覆い尽くしていました。
    私が食事の後片付けを始めると、彼は、起きて飛んできました。
    「俺がやるよ」
    その表情を見た瞬間。
    私は、凍りつきました。
    昔の彼とだぶって、見えたからです
    彼が、そういう表情をしていたのか?
    私の恐怖が、そう見せてしまったのか?
    今振り返ってみても、分かりません。
    が、私は、身体が震え、
    「怖いから、いやだ・・・」
    と、涙ぐみ、後ずさりをしていました。
    彼は、私から離れた方がいいと判断したらしく、私のそばにいることはやめ、子供とテレビを一緒に見始めました。
    私は、彼がそばからいなくなったことで、緊張が少し解け、後片付けの続きをすることが出来ました。
    子供を寝かしつけてから、彼が、私に一生懸命話しかけてきました。
    私は、聞いていました。
    が、彼が説明すればする程。
    謝罪すればする程。
    私は、ズレている感じを受けました。
    「私が、違和感を感じるのは、あなたが、横になる時一声かけてくれなかったことだよ。
    でも、それだけ疲れているんだろうな・・・って、そっとしておいたのに。
    起きた時のあなたが、怖く感じて・・・。
    どうして、今回は、一声掛けてくれなかったの?」
    彼は、母親と子供が遊びたそうにしていたから、自分は遠慮して席を外した方がいいと思ったからだ、とか。
    ずっと子供の相手していれば、夕方になれば、疲れて横になりたくなるし、とか。
    ご飯も食べてお腹いっぱいになれば、眠くもなるよ、とか。
    そういう理由は、どんどん話してくれましたが、肝心の、
    「どうして、私に、一声掛けてくれなかったの?」
    には、中々答えてくれません
    ようやく重い口を開き、出された言葉は、
    「言うのが、面倒くさかったから」
    でした。

    面倒くさい。
    私が、怖い思いを色々と思い出すので、こうして欲しいと、お願いした、たった一つのことを。
    面倒くさい。

    私が「心の広いよく出来た嫁」ならば、
    「ああ・・・言葉を話すことすら面倒くさく感じる程に、眠かったのね
    そんなに疲れていたのね
    と、思ってあげるのでしょう
    でも、私には、無理でした
    夫のDV行為の背後には、いつもあった言葉。
    面倒くさい。
    これが出されて、平気ではいられませんでした
    悲しくて、涙が溢れました。
    「何だ、それ・・・面倒くさいって・・・」
    泣きながら笑い、疲れ果てて眠りました

    彼は、翌朝、仕事に出掛け、また別居生活に戻りました。
    「もう、コミュニケーションを面倒くさがりませんから、週末は来たいです・・・
    そう言い残し、出掛けました。
    変わり始めた彼であっても、DVは、まだ影を潜めているのでしょう。
    私の心身に、DVの爪痕が残るように・・・
    彼の心身には、DVの甘い余韻が残っているのでしょう
    DV加害者更正教育プログラムを卒業したとしても、DVとの闘いは続くのだろうな・・・と、感じました。
    子供が見ているNHK教育番組で、芥川龍之介さんの「蜘蛛の糸」を紹介していました。
    極楽の蓮の池を覗き、血の池地獄で浮いたり沈んだりしている人間を見つけた蜘蛛が、お釈迦様に願いでます
    ・・・あのお方、カンダタ様は、生前、私の命を救ってくれました。
    ・・・一度だけ、どうかチャンスを下さい。
    お釈迦様は、許可します
    蜘蛛は、自分の糸を池に垂らし、地獄へと伸ばします
    糸を見つけたカンダタは、糸をよじ登り始めます。
    しかし、極楽は遠く、中々たどり着けません。
    疲れたカンダタが、ふと下を見ると、地獄にいる人間が、次から次へとよじ登ってくるではありませんか。
    蜘蛛の糸は、細く頼りなく思えました
    カンダタは、このままでは糸が切れてしまうと思い、下から登ってくる人々を悪し様に罵り、蹴落とそうとします。
    その瞬間。
    カンダタの真上で、糸は切れ・・・再び地獄へと戻っていってしまったのです
    あと何度チャンスが訪れれば・・・私の人生の終わりがきてくれるのかなあ・・・と、少し後ろ向きに思ってしまった出来事でありました
    ハハハハハ・・・ハア〜・・・
    すみません、少し暗くなってしまいました

    今日も読んで下さり、どうもありがとうございました
    しばらく、テレビとか見ていても、
    「面倒くさい」
    と聞こえると、ピキッと、なってしまう私です
    ああ、そんな自分が一番、面倒くさいです
    どうか心身お大事にして下さいね
    ありがとうございます
















     

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